アップル、横浜に研究開発拠点を置く必然

20141210-00055507-toyo-000-1-view選挙の演説で安倍晋三首相から思いがけない企業名が出てきた。アップルが最先端の研究開発を日本で行う、と発言したのだ。菅義偉官房長官も、みなとみらい地区に2015年早々、設置されるとの発言をした。

 アップルも、横浜への研究開発拠点の設置についてコメントしている。このニュースは、時事通信やロイターを通じて、米国のメディアにも一気に広がった。

 アップルは莫大な手元のキャッシュを活用し、自社株買い、企業買収、そして研究開発への投資を進めている。今回日本への設置が明らかになったが、世界中に研究開発拠点の設置を急いでいる最中だ。

 例えば11月には、イギリス・ケンブリッジへの設置が報じられ、上海、イスラエルの2拠点に加わっている。また米国内でも、各州の誘致などで研究開発拠点の設置が進んでいる。

 アップルは四半期ごとに、16億8000万ドル、およそ2000億円を研究開発に投じており、年間を通じて60億ドル、およそ1兆円にも上る。驚くべき金額を投じ、四半期に5000万台以上を販売するiPhoneなどの製品を発展させているのだ。

■ モバイル分野から見た日本

 もちろん、iPhoneが最も成功している市場の1つであるが、日本はケータイの時代から、特にモバイルデバイスやサービス、そして顧客の体験において、最も成熟している市場であるという認識が、シリコンバレーには広がっている。

 これはアップルだけでなく、モバイルアプリを開発するスタートアップ企業も同様の認識を持っている。同時に、先進国として第2位の市場としての魅力的であるが、それ以上にミステリアスな市場でもある。

 日本語という言語の壁だけでなく、その成熟や商習慣、食文化の充実、大量の人々が公共交通機関で通勤するライフスタイルの違いから、米国の顧客とは全く異なる価値観があり、理解できない面が多いそうだ。

しかし、諦めるには魅力的すぎる市場、というわけだ。もちろん市場規模や課金率なども関係するが、特に食文化を中心に日本ブームが起きている西海岸では、仕事でもなんでもいいから、とにかく「行きたい」と話す起業家もいるほどだ。
「日本での成功」は特別な意味を持ちつつある。そして少なくともアップルは、iPhoneで日本での成功を手にしている数少ないモバイル企業となった。今回の研究開発拠点の設置は、アップルにとって、日本での成功をさらに拡げるための布石、という位置づけがある。

■ 日本に研究開発拠点を置く目的とは? 

 日本のことをよく理解するためには、日本国内に実際に身を置いて、生活したり、フィールドワークを行う必要性がある。

 2000年代前半から、欧米のモバイルに取り組んでいる企業が研究開発拠点を置き、詳細なフィールドワークを展開することもしばしばあった。たとえ端末メーカーが(売れなくて)日本を撤退したとしても、研究拠点を残すパターンもあった。

 これらの研究開発拠点には、部品調達の部門も同居することが多い。モバイルデバイスに利用される様々な部品で日本製は依然として強く、日本国内で完成品のデバイスを販売していないとしても、拠点の役割として重要性が高い。

 アップルは日本法人を既に設置しており、部品調達の面でこれまでと変わらず活動していくことになるだろうが、みなとみらいに研究開発拠点を設置する目的とは何だろうか。

 研究開発拠点が置かれるみなとみらいには、「京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区」がある。アップルはこの特区への参加することで、拠点の設置を行うとみられる。

アップル関連のニュースを発信し、海外のメディアからの引用も多数なされている「MACお宝鑑定団」によると、この特区は、医療と健康の特区となっており、特区の性格から、ヘルスケア分野を中心とした研究開発が行われるのではないか、と予測している。

 特に日本では、ヘルスケア分野で法制度が厳しい現状がある。例えば米国では、iPhoneやApple Watchで記録したデータを活用した医学的なアドバイスができるように準備を進めているが、日本で同じ事をやろうとすると、2つのハードルが存在する、とMACお宝鑑定団は指摘する。

■ 特区活用で医療機器としての販売を推進? 

 ヘルスケアデバイスの開発と販売には認可が必要となる。医療機器として認められなければ、医療行為で利用する事ができないのだ。

 例えばApple Watchには心拍計が内蔵されており、1日を通じて時計を装着しているだけで心拍数を計測することが出来るが、医療機器ではないため、医療診断のデータとして利用する事はできない。現在販売されているウェアラブルデバイスにも共通しており、活用の範囲は個人的な利用に留まることとなる。あるいはアプリを通じたデータの解析や診察も、医療行為に当たるため難しい。

 また、もしもデバイスが医療機器として認可された場合、MACお宝鑑定団は「販売面でのハードルがある」と指摘する。販売には医療専門家の設置が必要となるため、例えばApple Storeの店頭での販売は、現状のままでは難しい。
こうした障害を乗り越えるために、特区への参加を活用しようとしている、と見ることができる。

 アップルは世界での研究開発への投資を加速し、非常にシンプルな形状に落ち着きつつあるiPhone・iPadをいかに生活やビジネスに深く根付かせるか、という取り組みを強めている。

 デザインやものづくり、コンピュータのプロセッサ、ソフトウェアなど、多岐に渡るが、日本というフィールドではヘルスケア分野が選ばれた模様だ。同時に、特区を活用してその国でのビジネス展開の障害をクリアするという手法もまた、アップルの世界戦略の「方法論」として活用が進んでいくことになるだろう。