苦境の「車内ワゴン販売」に未来はあるか

「コーヒーに缶ビール、お弁当にお土産品はいかがですか? 」

 かつて、特急列車の車内では、こうした呼び声とともに車内販売のワゴンが回ってくるのが当たり前であった。そして、長旅の「オアシス」として、親しまれてきたものだ。ついつい呼び止めて、コーヒーの一杯も買ってしまう。

■ こだまは車内販売「廃止」、ワゴン販売は風前の灯? 

ところが最近、こうした"伝統的"な車内販売が急速に姿を消しつつある。別表では、車内販売を廃止した主な特急をまとめてみた。東海道・山陽新幹線の「こだま」や北陸本線の「サンダーバード」といった列車であっても、今はワゴンが回ってこないのだ。 「スーパーはくと」や「しおかぜ」のように、車内販売の廃止と復活を繰り返している列車もある。売り上げの減少と「車内販売がないと不便、寂しい」という声の板挟みになっている状況がうかがえる。

 車内販売が残る列車には「東高西低」の傾向があり、JR東日本では新幹線・在来線問わず、まだ広く実施されているのに対し、JR東海の在来線特急では全廃。JR西日本の在来線とJR四国では風前の灯火だ。

 あっという間に凋落した背景には、もちろん収益性の悪化がある。販売そのものに手がかかるのはもちろん、列車への販売品の積み下ろしにもかなりの人手を要するのも一因だ。

大きくないように見えて、車内販売のワゴンは時に60キログラムぐらいにもなる。揺れる車内でこれを押して歩くのは、女性にとってかなりの重労働である。

 このところ駅構内にある「KIOSK」などの売店が、コンビニへと模様替えするケースが相次いでいることも原因として挙げられよう。

 設置スペースに余裕がある場合は、ブースタイプによる対面販売店舗から、レジを設けたウォークインタイプの店舗に改装し、取り扱い商品数のアップや効率化を図ったもので、例えばJR東日本では、グループ会社のJR東日本リテールネットが経営するコンビニ「NEWDAYS」が、駅内のみならずホーム上にも進出している。

 また、大手鉄道会社グループがローソン(東京メトロ、東急など)やセブン-イレブン(JR西日本、京急など)といった既存のコンビニチェーンと提携。ミニ店舗を駅内あるいはホーム上に出店するケースも増えている。

 むろん、長距離列車が発着する主要駅における「エキナカ」の発展ぶりは言うまでもない。例えば、東京駅などにある駅弁店「旨囲門」には、東日本各地の人気駅弁が毎日入荷し、現地へ行かずとも入手できてしまう。

 要するに、品揃えにおいては車内販売のワゴンより充実しており、人手もかからないコンビニや飲食店、物販店が駅の内外に相当増えたことが、車内販売廃止に拍車をかけていることに間違いはない。

 私は東海道新幹線「のぞみ」でしばしば新横浜〜新大阪間を往復するが、2時間10数分の乗車時間のうちに、車内販売が回ってくるのはまず2回まで。混雑している(イコール呼び止める客が多い)列車だと、1回のこともある。 飲みたい、食べたい時に、すぐワゴンがやってくる状況ではない。

 ならば、乗車前に駅で飲みたいもの、食べたいものを入手しておく方がストレスもなく、選択肢も広がってよい。そういう理屈になってしまう。

こうした傾向に対応するため、車内販売を手掛けている各社(多くは各鉄道会社のグループ会社)は、どのような方策を考えているのだろうか。東北・上越新幹線や常磐線などの特急列車で、座席の背面に「Train Shop」と題した、かなりの厚さがあるパンフレットが差し込まれているのを、見たことがある人は少なくないだろう。

 これは、ジェイアール東日本商事が展開している通販事業の一環。インターネットサイトを通じて物販を行うとともに、列車内でも通信販売カタログを配布しているのである。

 同社の公式サイトによると、「Train Shop」は2000年7月より発行を開始しており、10年以上の歴史を持つ。主なターゲットはビジネスマンで、鉄道グッズも紹介されてはいるものの、販売品目は高級グルメ、メンズグッズ、ビジネスグッズ、家具・インテリア、日用品・家事雑貨などが中心。一般的な通販カタログの定番取扱商品のジャンルと大きく変わるところはない。

 これも広い意味での車内販売と見れば、「コーヒーに缶ビール…」とはずいぶん趣が違う。列車による移動中には時間を持て余し、ついついこうしたパンフレットには手が延びがち。自由に持ち帰ることもできる。商品プレゼンテーションの場として長距離列車を利用するというのも、自然なアイデアだ。

 思えばこれは、航空会社の「機内販売」と共通するビジネスモデルだ。飛行機内で座席から動くといえばトイレぐらいしかない。海外旅行客には免税品の需要も大きい。

それゆえ航空会社は収益を上げる手段としてタバコや酒類などの機内販売や、カタログによる通信販売に着目したのであり、鉄道がこれを採り入れた形となる。ちなみに、全日空の国内線機内販売では2014年10月1日より、JR東日本のSuica(および電子マネーが共通利用できる各交通系ICカード)が利用できるようになっている。

■ 「すぐに必要でないものを売る発想」ができるか

 2015年春限りで大阪〜札幌間の定期的な運転が廃止されると発表された「トワイライトエクスプレス」では、ビジネスユースを考えない観光専用列車、乗ること自体が楽しみとなるような列車というコンセプトが1989年の運転開始より貫かれてきた。そのため、食堂車を基地として行われているジェイアール西日本フードサービスネットの車内販売でも、他の列車とは異なり、乗車記念グッズ類の販売には特に力が入れられている。

 中でもユニークなのが、食堂車「ダイナープレヤデス」で使用されているものと同じ、食器類の販売。トワイライトエクスプレスのエンブレムがデザインされた高級品で、コーヒーカップやシュガーポットといった手頃なものや、ケーキ皿やミート皿などがあり、いちばん高いものとしては皿類とコーヒーカップを組み合わせた6万4800円の「ホームセット」まである。

 実際に食事の時に使ってみて気に入れば、乗車記念として自宅用や進物用として使えるという趣向。車内で注文を受け付け、後日、自宅などへ配送という販売方法だ。

 この食器類の販売は、まさに「車内で利用者に対しプレゼンテーションを行い、購入していただく」という方式のビジネス。「トワイライトエクスプレス」の人気と観光旅行の時の解放感からか、1万円以上もするセットでも人気が高いといわれ、息の長い販売実績を誇る。

 ジェイアール西日本フードサービスネットではさらに、こうした手法を他の列車における車内販売へも広げ、低迷する売り上げへのテコ入れ策として成果を挙げている。同社広報の言葉を借りると、「車内で必要なものを売るのではなく、車内では必要ないものを売る方向へ発想を転換する」ということだ。

山陽新幹線などの車内販売では、「逸品厳選」と銘打った企画を展開している。これまで車内販売で扱う商品と見なしていなかったものを、その範疇に加える試みで、お菓子など、いわゆるお土産品の域を超えた、沿線の名産品をワゴンにて販売しようというものだ。

■ 広島の熊野筆や『魯山人』醤油など、高級品続々

 これまでには国産デニム発祥の地である岡山県倉敷市のジーンズメーカーが製作したウエストバッグ(2500円)や、広島県熊野町の熊野筆チークブラシ(3200円)などを販売した実績がある。

 特に、熊野町の筆は全国的にも名高いもので、「品質の良さもあって、チークブラシは延べ5000本以上の売り上げを記録しました」(同社広報)とのこと。

 高くても1000円前後までであった、これまでの車内販売での扱い品とは違い、これらは単価が高いこともあって、相当の収益をもたらしたであろう。

 他にも9月14日から行われた「和歌山デスティネーションキャンペーン」に合わせて、和歌山県湯浅町の高級醤油「『魯山人』醤油」(1520円)を車内で販売するなど、各地の名産の発掘に努めている。  

さらにジェイアール西日本フードサービスネットでは、山陽新幹線「のぞみ」「ひかり」「みずほ」「さくら」の普通車指定席、グリーン車の利用客を対象に、乗車5日前までに座席番号を伝えて予約することで、新神戸・姫路・岡山・広島・博多の名物駅弁を席まで配達するというサービスも実施。同社大阪列車営業支店にて電話(0120-834-8950120-834-895)で受け付けている。 途中停車駅の駅弁を購入することは、停車時間の短さもあってほぼ不可能であることを逆手に取ったビジネスで、旅の楽しみが増すとともに、「食べたい時に食べたいものを食べられる」サービスとしても評価したい。