なだ万、「アサヒビールへ身売り」の謎

目を見張るようなシナジーは、期待できるのだろうか。

 日本料理の老舗、なだ万(本社・東京都新宿区)がアサヒビールの傘下に入る。11月14日付で株式51.1%をアサヒビールへ売却することで合意、連結子会社となることを決めた。アサヒビールはこれまでチムニーやすかいらーく、大庄など複数の外食企業へ一定の出資はしてきているが、過半超の株を取得して買収するのは初めてだ。

なだ万は天保元年(1830年)創業と180年以上の歴史を持ち、日本国内では関東圏を中心に日本料理店を24店、総菜や弁当などを売る「なだ万厨房ショップ」36店を展開するほか、香港やシンガポール、中国など海外でも日本料理店7店を運営する。日本料理店は国内一流ホテルのメイン和食レストランやデパート、商業施設などに出店し、客単価は1万5000円程度とされる名門の高級店だ。2005年の愛知万博では日本料理の代表として会場内に出店したことでも話題となった。

■ 数字上のインパクトは軽微

 アサヒビールの狙いは「老舗料亭の経営ノウハウを取得することで、外食企業に対する営業提案力の強化につなげる」(11月14日付発表資料)。逆に言うと、なだ万がいくら老舗の名門といっても、数字上のインパクトは軽微だということを示している。

 なんといっても2社の規模が違いすぎる。アサヒビールを中核とするアサヒグループホールディングスの売上高は1兆7000億円超、対してなだ万は同150億円。買収してもアサヒの売り上げは1%も増えない。

 なだ万を傘下に収めれば、本業のビール販売に貢献するかというとそれもほとんど期待できない。なだ万の日本料理店で扱うビールの9割はすでにアサヒビール製品だというからだ。「経営ノウハウを取得すれば、外食企業に対する提案力が向上できる」という理屈も、説得力には欠ける。このM&A(企業の合併・買収)について株式市場もほとんど反応していない。

なだ万側の11月14日付発表資料には、「事業基盤をより安定させ、なだ万ブランドの諸事業を一層信頼あるものとして発展させることが出来る」と、アサヒビールの傘下に入ることについてこう記されているものの、これだけだとイマイチわかりにくい。もっと別の理由があったとしてもおかしくはない。

 では、その真意は何か。それを探るため、東洋経済は飲料業界担当記者を通じて、なだ万の楠本正幸社主兼社長に取材を申し込んだ。だが、なだ万担当者は「楠本社主兼社長の取材はいっさいお受けできない。ほかのメディアからの依頼も断っている」と回答した。少なくとも11月21日時点では取材は実現していないし、その予定もない。

■ M&Aは金融機関が仲介

 なだ万関係者によると、今回のM&Aはある金融機関からアサヒビール側に要請があり、アサヒビールが応じた案件だったという。別の関係者は「なだ万は実質無借金の堅実な経営をしている」と話すが、「なだ万側からは数年前から事業譲渡について相談があった」(アサヒグループホールディングス広報)という話もある。

 これ以上の詳しいことはわからないが、なだ万が過半の株を手放して「身売り」する裏側には、180年以上の歴史を持つ老舗企業が大手企業の傘下に入らなければならない、よっぽどの事情があるのかもしれない。なだ万が取材に応じない間は、少なくとも憶測は飛び交い続けるだろう。