中国船サンゴ密漁 海上自衛隊を出動できるか?

中国漁船が小笠原近海に出没し始めたのは今春からです。9月から急増し、10月末には約200隻にも上る船がサンゴなどを密猟するようになりました。海上保安庁の巡視船だけではこれに対応しきれないので、日本政府は海上自衛隊の艦船を出動させて取り締まるべきだという意見があります。中国漁船は日本の排他的経済水域の中でサンゴ礁を根こそぎさらってしまう乱暴な違法操業を行なっているので、断固とした対策が必要だという気持ちは分かりますが、海上自衛隊の艦船を出動させることについては疑問があります。

「海自」と「海保」の役割の違い

海上自衛隊と海上保安庁はどう違うのかをまず見ておきましょう。自衛隊は、外国からの攻撃など脅威を受けた場合に日本国の防衛を任務とする組織であり、そのために必要な装備を備えています。個人による違法行為は日本国にとっての脅威ではなく、したがって自衛隊が出動することはありません。これを取り締まるのは海上保安庁であり、海上での警察と考えてよいでしょう。このように国家の防衛と違法行為の取り締まりは別々の機関が担当することになっています。これは国際的に広く行なわれていることです。

 近年、海軍に求められる活動は、伝統的な国家的脅威への対処から、国際テロや海賊など非国家的な問題への対応にまで広がる傾向があり、日本の海上自衛隊も日本国の防衛のみならず、海上で「警備行動」を行なうことが可能になっています(自衛隊法82条)。

「海上警備行動」が出せる要件は

しかし、海上自衛隊に海上警備行動を命じられるのは、「海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合」とあくまで例外的な場合に限定されており、しかも総理大臣の承認を得ることが必要とされています。海上警備行動命令の要件は非常に厳格になっているのです。

 この命令が発出されると、海上自衛隊の護衛艦は海上保安庁の巡視船と同じ規則、すなわち海上保安庁法あるいは警察官職務執行法にしたがって行動することになります。護衛艦は指揮命令系統や装備はそのままで、一時的に巡視船に変身するのです。護衛艦に備えてある火砲などは大きすぎて使えなくなりますが、相手に対する威圧感や高速で行動できることなどは役に立つでしょう。

 海上警備行動命令は、過去に発出されたことがあります。1999年3月、日本の船舶を装った不審船2隻が佐渡島や能登半島付近の日本の領海内に侵入していることが発見されました。これらの船は電波通信など漁船では考えられない行動をしており、また、武器を隠し持っているおそれがあり、日本側を挑発する行動を続けたので、3月24日、防衛庁長官は初めての海上警備行動命令を出しました。結局、2隻の不審船は猛スピードで逃げ、拿捕されずに北朝鮮の清津港に逃げ込みました。

 この事件は、海上保安庁の巡視船のみならず、海上自衛隊の護衛艦のあり方についても見直しをするきっかけとなり、その後、部隊の編成、装備や訓練などについて改善が加えられました。

海自出動すべきではない3つの理由

おびただしい数の中国漁船による密漁は海上保安庁だけでは手に余るとしても、海上自衛隊が海上警備行動として取り締まることについては強い疑問があります。第1に、中国漁船の行動は違法ですが、人命に対する明らかな危険があるわけではありません。したがって、自衛隊法の定める海上警備行動発動の要件を満たさないでしょう。

 第2に、軍と海上警備隊を分別することは陸上での軍と警察を分けるのと同様、機能の違いに基づいており、装備も大きく異なります。また、国民との関係も違っています。それぞれの役割、機能に最適の組織をあてることは国家として必要なことです。

 第3に、もし日本が安易に海上自衛隊を出動させると、将来日本の漁船が外国により取り締まりを受ける場合、軍の艦船が出てきても抗議できなくなります。

 以上のように考えると、海上自衛隊による海上警備行動はあくまで例外的にのみ認められるべきことであり、海上保安庁の力では十分対処できないという理由だけで命令を出すべきでないと思われます。