派遣法改正でITエンジニア30万人に迫る危機

11月5日、衆議院厚生労働委員会で労働者派遣法改正案の実質審議が始まった。2015年4月の施行を目指して進められている今回の改正案で、目玉といえるのが「同一労働者が同一職場で派遣就労する上限を3年とし、それを超える場合、派遣事業者は正社員として雇用するか派遣先での直接雇用を促す」ことと「特定労働者派遣の廃止」の2つだ。それによって、実際の派遣もしくは実質的に派遣で働いているITエンジニアの雇用環境がより不安定になりかねない、という見方が広がっている。対象となるのは30万人に上るともみられる。

現行の派遣法は特殊な技術や知識が必須となる専門26業務について、派遣元が常時雇用(正社員)の技術者を派遣する場合は、厚生労働省への届出をしていれば事業を営めていた。これが特定労働者派遣だ。対して改正案では、特定労働者派遣を廃止。厚労省の許認可が必要で、登録型の技術者を派遣する形態である「一般労働者派遣」に統合することが盛り込まれている。

 デザイン、通訳、映像編集、機械設計、情報システム開発、事務用機器や放送機器の操作、財務処理など、特定労働者派遣の対象となっている専門26業務は、いずれも技能・知識の個人属性が強く、かつ現場に出向かないと仕事にならない。情報システム開発の仕事はその典型といっていい。

■ 同じ職場で安定的に働き続けられない

 これまで情報システム開発については、専門26業種のために派遣の期間制限が原則はなかったが、今回の派遣法改正でそれが撤廃されると、同じ職場で安定的に働き続けることが難しくなる可能性がある。

 厚生労働省が今年3月に発表した「労働者派遣事業の平成25年6月1日現在の状況」によると、ソフト開発業務の派遣就労者は10万1,599人、うち「特定」は5万8,305人だが、経済産業省の調査によると、ソフト業の技術者は65万8,965人いる。さらに情報処理サービス業やインターネット・サービス業に勤務していたり、統計に表れない個人事業者やフリーランスもいたりする。

厚労省が5万8,305人としている「特定労働者 」はソフト技術者全体の1割に満たないうえ 、これはまっとうな派遣契約で就労している人数で、後ろにはこの数倍が隠れている。ITエンジニア業界では4次請けも珍しくないという受発注形態の多重化もあって、契約は「受託(請負)」だが客先常駐や出向、同業者間で技術者を融通し合うなど、「就労実態は偽装請負と紙一重」というケースが散見される。ITエンジニアの世界では地下水脈のように実質派遣が広がっており、その数は30万人を超えていてもおかしくない、というのが業界に詳しい関係者の見立てである。

■ ソフト会社への影響は一時的

 現在、特定労働者を派遣している事業者が派遣事業を続けるには、「基準資産額2,000万円×事業所数」「現金・預金1,500万円×事業所数」「基準資産額が負債総額の7分の1以上」「管理責任者講習の受講義務」「5年ごとの更新」――などといった要件に対応しなければならない。ソフト会社の多くは資本金が小さくて、資産も決して多くない。直接の影響はソフト会社ということになる。

 だが、それは当面のことでしかない。多くのソフト会社は、派遣法改正案の成立を見越して準備を進めているし、発注元も「受託(請負)」契約を「派遣」契約に切り替えていくに違いない。ただ中長期的にみると、下請けに甘んじているソフト会社の取引ポジションはいつまでも変わらない。

 さらにいうと、既存の「一般」(登録型)派遣事業者が、競争の優位性が見込めるIT分野に、より積極的に参入してくることが予想される。前出の厚労省資料でみると、ソフト開発業務の受注料金(8時間換算)の平均は、「一般」が2万4,947円なのに対して、「特定」は3万0,455円だ。

 正社員型派遣を営んでいるソフト会社から優秀な技術者を引き抜けば、チームを編成してシステム開発案件の受注に乗り出すことも不可能ではなくなってくる。経営者の世代交代に合わせたM&A(企業の合併・買収)も起こりうる。

 一方、原発注者(ユーザー企業)も勉強会を開いて改正派遣法への準備を進めている。「委託先企業や派遣されてくる技術者についてどこまで調査できるか」「派遣労働者から秘密保持誓約書を直接取得していいか」「派遣と直接雇用の交互異動は可能か」などだ。そのうえで品質や納期、セキュリティの観点から自社のコアシステムは内製か正社員型の派遣、コスト重視の周辺システムは正社員・登録型のどちらでも、という姿勢に転換する。正社員型派遣でまかなっている業務のかなりの部分が、登録型派遣に移行するということだ。

すでに個人事業者として仕事をしている技術者にとって、そのような状況は歓迎すべきかもしれないが、留意しておかなければならないのは、個人事業者がソフト会社と契約して、ユーザー(ないし発注者)先に派遣された場合、違反となる可能性があることだ。理屈上だが「事業者が自分自身を派遣することがあり得る か」ということばかりでなく 、「契約先から派遣されれば二重派遣に相当するのではないか」という疑問が提示されている。

 併せて、 IT技術者は派遣か受託かの選択に迫られるという見方がある。腕に自信がある技術者はフリーランスのプロとして、原発注者と直接契約を結ぶことも夢ではな い。ユーザーの パートナーとなって、ITを駆使した新しいビジネスを創出する役割を担うようなことだ。あるいは、登録型派遣業に転籍して、より高額の収入を狙うような ITエンジニアもいるかもしれない。

■ 結局は技術者自身の研鑽

 派遣法改正案の主旨が「より柔軟な就労形態」「より自由な働き方」にあるとすれば、腕に自信のある技術者はその恩恵に浴することができる。ただ、それは相対的に少数に限られ 、下請けの取引ポジションにある中小・零細ソフト会社に所属して、 実質派遣で働いている多くの技術者は、登録型派遣との価格競争によって、より不安定な雇用環境に追い込まれかねない。ユーザーのコスト圧縮要請もあって、受注料金が登録型派遣に引き寄せられ、いつでも取替え可能な“部品”として扱われる。

 となれば、派遣法改正の落とし穴を回避するためにも、IT技術者はいっそう腕を磨くなり、見識を広げるなり、自身の価値を高めていかなければならない。「誰かが何とかしてくれる」ようなことだけは決してない。