新iPadの目玉、「Apple SIM」の破壊力

20141018-00050893-toyo-000-4-viewアップルは10月17日、iPadの新しいラインナップを発表するイベントを開催した。そのプレゼンテーションを見た、純粋なアップルファンの間には歓喜の声が挙がった。新しいMacOS Xは、よりエレガントなデザインや文字表示品位を手に入れ、iPhoneやiPadとの連携度合いを大幅に高めているからだ。

 手持ちのコンピュータが、すべてアップルのブランドで統一されていれば、システム全体が「見た目」だけでなく、目的を達成するための手順まで、トータルで”デザイン”されていることに気付くに違いない。

 しかし、そうした歓喜の声と同じくらいに、落胆の声もある。新製品(とりわけハードウェア)が従来と変わり映えしなかったことに対する不満と言い換えてもいいかもしれない。アップルに注目する観客たちは、世界中に配信される新製品発表会場の中継を見ながら、新たな、そして直接的に目に見えるイノベーションを期待する。もともと、期待値が高いわけだ。

■ 「より良いもの」が登場した

 そこに登場したのは、より良いiPad Air、より良いiPad mini、そしてより良いiMacだ。もちろん、それぞれに最新の技術は搭載されているが、テクノロジ製品の歴史を書き換え続けてきたアップルに対する期待の高さが、東洋経済オンラインでも速報でお伝えしたロイターの「落胆記事」などに繋がっているのだろう。

 もっとも、今回発表された製品が”より良い製品”であることは確かだ。より軽く、薄くなり(iPad Air 2はiPhone 6 plusよりも薄い)、処理能力は40%向上、グラフィックスの能力は1.5倍になった。iPadよりも注目度は低いが、MacOS Xの新しいリリースはここ数年でもっとも良い出来に仕上がっているように見える。

 いずれも良く吟味されており、これらの製品を購入したいと考えている消費者にとって、新製品の投入は嬉しいことに違いはない。反応の違いは「アップルに何を期待しているか」の違いなのだ。

まずは消費者がどのように反応するかに注目すべきだろうが、「アップルが”独り勝ち”の現状を壊さないよう、新たなことに挑戦しなくなった」という見方は正しくないように思う。アップルは新たなことに挑戦しようとしているが、しかし業界全体として、次の大きなイノベーションを模索している段階であり、それはアップルも同じということだろう。

 エンドユーザー側の視点では、単に機能が追加されただけのように見えるが、将来、大きなイノベーションにつながる要素もある。今回の発表内容の中では、iPadへのApple SIM採用が、もっとも大きなトピックといえる。

■ 多くのキャリアに対応できるApple SIM

 Apple SIMとは、携帯電話網に接続するために必要なSIMカードを半仮想化したものだ。物理的なSIMカードがスロットに挿入さるが、実際にどの携帯電話事業者を用いて通信するかは、iPadの画面上で利用者が選択できる。

 米国でAT&T、Sprint、T-mobileの3社、英国の1社から携帯電話事業者を選んで、契約期間や料金プランを選んでiPadの画面上で契約できるようだ。日本の携帯電話事業者は、現時点でApple SIMに対応していないが、可能性としては世界中の全キャリアとつながっていく可能性がある。新しいiPadが1モデルで世界中のLTEバンドにに対応できることも、Apple SIMの可能性を広げている。

 本来、SIMカードは携帯電話事業者を切り替えるために存在するもので、これをハードウェア(物理的なカードという形)にしているのも、携帯電話事業者自身が選んできた道だ。Apple SIMはその枠組みを打ち崩し、これまでは検討段階で否定されてきたソフトウェア(つまり仮想化された)SIMの実現へ一里塚となるかもしれない。

 現在、まだ対応するキャリアは少ないが、仕組みとしては、すでに部分的にソフトウェアでSIMカードをシミュレートしているのではないだろうか。SIMカードを入れ替えることなく、iOSのアップデートなどによって、対応キャリアが拡がっていく可能性はある。

もし、この取り組みが進めば、業界全体がソフトSIMへと向かうきっかけになるかもしれない。たとえばパナソニックは将来、自社でMVNO(仮想移動体通信事業者)を運営して製品を簡単に携帯電話網に接続、ネットワーク化する構想について議論しているという。しかし、携帯電話網への接続機能を組み込んだ家電の機器認可の簡略化やSIMカードのソフト化なしには、本格的に幅広い製品に採用できない。

 iPadという影響力の大きな商品を基にした交渉力で、SIMカードのソフト化に関する議論やルール整備が進めば、アップルだけでなく様々な製品が携帯電話網へとつながっていくきっかけとなるだろう。

■ 不文律を破って1年で形を変えた iPad Air

 各製品の紹介はここではしないが、発表を通じて印象的だったことを、いくつか記しておきたい。

 まずiPad Air 2の形状。ご存知の通り、iPad Airは2013年11月に登場したばかりだ。構造的な変化は少なく、筐体となるバスタブの深さを浅くしただけだが、1年で形を変えたのは、初代iPhone、初代iPadという例外を除けばはじめてのことだ。

 新たに開発したプロセッサや液晶パネルの進化でバッテリ消費効率が改善され、大幅な薄型化が可能になったために、基本構造は変えないまま薄くしてきたという見方もできるが、タブレット販売台数の伸びが止まってきている欧米市場に向けて、より買い換えを促すという意図もあるのかもしれない。

もし、市場へのテコ入れのために施した筐体変更ならば、今後は他カテゴリでも似たような(つまり従来とは異なるルールでの)新製品開発があるかもしれない。あるいはテコ入れではなく、単純に1年に1度ぐらいならば基本設計を変えないまま筐体デザインを変更するべき、という考え方にあらためただけとも考えられる。

 新たに開発したプロセッサや液晶パネルの進化でバッテリーの消費効率が改善され、大幅な薄型化が技術的に可能になった。タブレット販売台数の伸びが止まってきている欧米市場にアピールするため、少しでもいいから薄くして、買い替えを促す意図があったのかもしれない。

■ ハード間の連携が秀逸

 もうひとつ、今回の発表における重要なポイントは、MacOS X Yosemiteの具合がとても良いことだ。筆者はさっそくダウンロードして使っているが、細かな文字から大きめの文字まで表示が読みやすくなり、全体の動きも軽くなった。このところ不具合やパフォーマンスの低さに悩まされることがあった標準のメールアプリケーション(Mail.app)の動作も、軽快になっている。

 またYosemiteはiPhone/iPadを「内蔵する機能」のように使いこなせる。出先で通信したければ、ネットワーク共有の設定をしなくともMac側からの操作で接続でき、音声通話も双方で発信/受信が可能だ。

 作業中のデータを受け渡すこともできる。”あと少しで書けるのに! ”と思いながら、書きかけのメールを保存して出かける。そんな時も、書きかけのメールをiPhoneやiPadで引き継ぎ、そこで完成させて送信することが可能だ。その逆に電車内などで書いていた下書きを、YosemiteがインストールされたMacで仕上げて送信することもできる。

 こうした連動機能は”アップル製品の閉じた世界”のものだが、なかなかうまく出来ている。ただし、使えるようになるまでは、もうしばらくするとリリースされるiOS 8.1を待たねばならない。