「年功型賃金」の何が悪いのか…40代以上直撃、愚痴のひとつも言いたくなる

9月29日に再開した政労使会議の冒頭、安倍晋三首相が経済界の不意をついて口にした「年功賃金の見直し」が大きな波紋を広げている。子育て世代に手厚く賃金を分配すべきという考え方で、女性の活躍を後押しする安倍政権が、若年世代までも味方につける巧みな戦略が透けてみえる。しかし、これから年功賃金制度の恩恵を受ける40代以上の会社員にとっては、はしごを外される形で、住宅ローン返済など人生設計の練り直しを迫られる恐れもある。

■安倍首相が口火

 “会社員の聖地”である東京・新橋の歓楽街では「やってられないよ」というおじさんたちの恨み節がむなしく響く。日本経済をデフレから救い、会社員の賃上げをも後押しする「アベノミクス」に対しては正面から反対したくないのが本音だが、これほど四面楚歌(そか)の状況になると、愚痴のひとつも言いたくなるようだ。

 安倍政権が女性活躍を看板に掲げ、女性役員や女性管理職の目標値を持ち出したため、自らの出世の可能性が遠のいたおじさんたちもいるはずだ。さらに、「残業代ゼロ」制度と揶揄(やゆ)されているホワイトカラーエグゼンプション(働いた時間に関係なく、成果に対して賃金が支払われる仕組み)の導入を検討するだけでは収まらず、ついに40代〜50代前半の会社員の“虎の子”である年功賃金制度にもメスを入れようとしている。

 年功賃金制度は、勤続年数、年齢などに応じて賃金を上昇させる人事制度で、終身雇用、企業別労働組合と並んで、日本型雇用システムの典型だ。社員の生活安定に寄与し、同じ会社に長年勤めあげる動機付けになるメリットがある。会社側も賃金の査定が容易になり、長期間雇用を視野に社員に独自技術や技能を磨く投資ができる。

■議論積み重ねの上の制度

 ただ、50代はじめでピークを迎える右肩上がりの硬直的な賃金カーブになり、若者や子育て世代は、自分がやった仕事より、賃金のもらいが少なくなりがちだ。このため、良い待遇を求めて、外資系など成果主義で賃金を決めている企業に転職する若年世代も少なくない。また、大きなミスがなければ無難に昇進していくので、事なかれ主義にも陥りやすい欠点も指摘されている。

 政労使会議に出席した連合の古賀伸明会長は記者団に対し、「労使がずっと議論しながら、賃金や人事処遇制度を決定してきたわけで、その積み重ねが今の実態。賃金カーブだけをみて解消すべきというのはちょっと乱暴だ」と述べ、政府主導の年功賃金制度の見直しに激しく抵抗する。

 とはいえ、グローバル経済下での企業競争に対応し、管理職に対しては年功が考慮されない年俸制が導入され、管理職以外にも成果をより重視した査定を行う評価制度が取り入れられるなど、すでに年功賃金制度は足元から崩れつつあるのが現実だ。

■女性の社会進出の妨げ

 安倍政権が年功賃金制度の見直しを持ち出してきた背景について、大和総研の溝端幹雄主任研究員は「若者や女性、高齢者など多様な人材が伸び伸びと働き、付加価値の高い仕事の成果を生み出せる環境づくりにある」と指摘する。

 年功賃金制度は、人事の評価軸が時間に偏りやすく、なるべく夜遅くまで働いて忠誠心を示そうとするため、長時間労働を誘発しやすい。そうなると、育児や家事、介護などの心配がない男性にだけ有利になりやすく、男性の家事参加や女性の社会進出の妨げになるとの指摘もある。

 年功の“果実”はいよいよ幻となるのか−。年功賃金制度が変わることに恐れを抱く中高年社員に対し、溝端主任研究員は「年齢や勤続年数に関係なく、仕事の生産性で賃金が決まるわけで、もともと仕事ができる人は堂々とそれにふさわしい賃金をもらうことができる」とエールを送っている。