「ワタミがブラックとは全然思っていない」

ネットを中心に「ブラック企業」という評価が根づいてしまった感もある、居酒屋チェーン大手のワタミ <7522> 。その払拭に向けて、労働環境の改善に本腰を入れようとしている。同社の構造転換を先導する桑原豊社長に、ワタミの“これまで”と“これから”を聞いた。

■ 大規模チェーンは必要とされていない

――2014年度に和民業態の1割に当たる60店を閉鎖する。これはビジネスモデルの転換を意味するのか。

 われわれを取り巻く環境で2つの大きな変化があった。1つは、人手不足に端を発した各種のコストアップだ。人件費だけでも1.5〜2%上がっている。円安進行で輸入食材、物流コストも上昇の方向にある。さらに、エネルギー単価も東日本大震災前に比べると4割はアップしている。

 もう1つがマーケットの変化だ。総合型チェーンの強みは、お客様が体験していることだった。和民ってこんな値段、料理もこれぐらいで、サービスの感じや空間もわかる、だから安心して使える。こういうことが大手チェーンの強みだった。

 ところが、最近はいろいろなサイトで飲食店の情報が取れる。従来は、使ったことがない店には行かなかった。だけど、今はネットで疑似体験ができる。個人店であろうが、専門店であろうが、値段はこれぐらい、こんなものを頼むとお得、お店の雰囲気もわかる。実体験の安心という優位性がなくなってきた。

 それに、労働人口が減ってきている。若い人達がお酒を飲む回数も減っている。「せっかく外で飲むんだから」と、目的に応じてお店を選択するようになってきた。こうした環境の変化によって、居酒屋グループの経営も大きな戦略転換をしなくてはならなくなった。

その中で、ワタミは多業態戦略を取っていこうと。去年1年間で見ると、居酒屋パブ、ビアホールというカテゴリーの既存店売上高は前年比96%ぐらい。総合居酒屋はもっと低くなる。ところが、専門性を持った業態は前年比100%を超えている。昔のように同一チェーンで100店というロットをお客様は必要としていないと考え、大きく舵を切った。

 60店の閉鎖を3月に発表したが、あくまで労働条件の改善に重きを置いた。不振店の撤退ではない。今回閉める60店のうち、営業キャッシュフローで赤字になっているのは10数店だけ。他方、昨年2月ごろからアルバイトの採用が厳しくなってきた。となると、緊急性を持って1店舗当たりの人数を増やさなくてはならない。60店閉めると、残った店に100人以上の社員が異動できる。そこで60店を閉鎖させてもらった。

 その一方で、2〜3月の段階で中華と炉端焼きのお店を出した。炉端はワタミにとって初めて客単価が4000円を超える高級業態。中華は未経験の分野だが、この2業態は順調に客数が伸びている。

 これらも含めて、既存のTGIフライデーズ、GOHAN、炭旬といった専門業態を今期は積極的に出店していく。

 結果として和民が転換できればいいし、転換できなければ、そのエリアの立地のいいところに専門店を出して、そこにある和民をクローズしてもいいと思っている。2017年度に全体の店舗数を和民業態6割、残り4割を専門性の高い業態にチェンジできれば、仮説に基づいた結果に結びつくだろう。

■ ボリュームゾーンは捨てていない

 ――ここまでイメージが悪化した和民、わたみん家のブランドは捨てるという考え方もあるのでは? 

 そんなことをするのは大きな間違い。なぜ将来6割も残すのかというと、どの時代になってもマーケットのボリュームゾーンはあるからだ。そのゾーンは、ポピュラーで安心できて、いいものが安く食べられるお店。これはどの時代も変わらない。労働人口が減っていっても、ボリュームゾーンは絶対になくならない。決して捨てたわけではない。

――ボリュームゾーン活性化のために必要なことは? 

 それぞれの業態の原点に回帰する。たとえば、わたみん家は炭火焼を中心とした専門性の高い低価格チェーンとしてスタートした。そこにフレンドリーで元気なサービスがあるか、炭火焼を中心とした安価なチェーンに合っているのか。もう1回持ち直していこうとしている。

 また、和民は安心安全手作り、季節感がある。おいしいものを安価で食べられる。好きなサービスがある。この安心感で売ってきた。そこで一つずつ見直しをかけているところ。7月8日で20店を一新した。これだけではなく、全体の6割まで間引けるかどうか。言ってみれば、店数をカニバリしているところも含めて落としていけるかということだ。

■ 価格はこれ以上、上げられない

 ――人件費など諸経費が上昇しているが、値上げはしないのか。

 適正価格水準は、和民が客単価2800円、わたみん家は2600円。これがお客様に許していただけるギリギリの価格帯だと思う。従来は、和民が2650円、わたみん家が2450円だった。それぞれ5%余り上げさせていただきたい。

 もちろん、単純な値上げではなく、それぞれメニューミックスになる。価値が上がらなかったら、ただの5%値上げになる。だが、同時にクオリティを7〜8%上げることで、値上げにご理解をいただきたい。

 ――手応えはどうか。

 お客様から見ると、バラエティを増やしたことになる。単価が上がっていくというより、もう1品頼んでいただけるような政策を取ったので、値上がりしたというイメージではないと思う。

 ――なぜこの時期に変えた? 

 季節や宴会のメニューで少しずつ変えてはいるが、それなりに価値を上げながらということになって、ここまで時間がかかった。

 ――この値上げで時給アップは吸収できるのか。

 時給だけであれば吸収できるが、人件費のアップはわれわれだけでなく、関連する取引先にもいえる。今後は全体のコストアップをどこで吸収するのかという局面になってくる。ただ、価格はこれ以上、上げられない水準だと思う。

■ ワタミに労使関係は存在しない

 ――「ブラック企業」という批判について伺いたい。根本的に批判をはね返すには、労働組合を認めるくらいのことが必要では? 

 組合は認める認めないというよりも、経営側が決めることではないと思っている。ワタミには、企業理念の中に「社員は家族であり同志」という言葉がある。そういう人に対して、労使の関係は基本的に存在しないと思っている。

 今も、今までも、これからも組合問題についてはいろいろなご意見が出るかもしれない。だが、今の段階として作らなければならないとも思わないし、作ろうとも思わない。組合があるから、社員の考えていることがつかめるわけでもない。今はワタミにとって必要かというと、必要ではないと思う。

 ――“家族”という理念と現実にズレがあったのが問題では? 

 現在も訴訟中なので詳細は申し上げられないが、6年前に大事な社員がお亡くなりになったという事実は重く受け止めている。こんな悲しいことを起こしてはいけない。われわれができることは、会社の実態を変えることだと思う。

 残業にしても休みにしても、「取るな」なんて言っていないし、週休2日取りましょう、残業代もつけましょうと言っている。どの企業にも、自分たちが大事にしているもの、守りたいものがある。お店であれば、自分たちのお店はお客様のアンケートの内容がいい、お店の成績がいいということ。そんな状態の中で頑張りすぎているところはあったと思う。頭の中はそんなこと考えていてもいいじゃないですか。だけど、心と体はしっかり休めてくださいと。

 今は週休2日、36(サブロク)協定で決めている残業時間もあるので、1人1人見張っていかなくてはいけない。強制的にでも休みを取らせる。店、エリア、本部でやる。それがダメなら、店を閉めるという形で実態を変えていくことを考えている。

 これは、組合を作ったからといってできる問題ではない。本当にそのことを最優先経営課題として入れている。外食事業では週1回、約1200人いる正社員と1万6000人いるアルバイトの勤怠データを確認している。固有名詞でアラートができる。エリアマネージャーや本部長がどういうワークスケジュールから、どのように事前に手を打つかということをやっている。

もう一つは、外食というのは新卒が3年経つと離職率が5割。われわれもそれに近い水準はある。一方で、独立して辞める人もいるが、業界水準レベルだ。

 今年の新卒からしっかりとデータを取るが、日本の全産業の平均が3割なので、これを下回る離職率を目標にしていく。実態を継続的に外部に出していく。これによって、ガラス張りの状況で見ていただけるし、社員の人たちにも意思として伝えていける。

 ブラックという定義は今でも困惑している。ネットを批判するわけではないが、これでどれだけ多くの人が悲しんでいるか。社員、社員の家族、株主、取引先の方に悲しい思いをさせている。

 ブラックだなんて全然思っていない、過去も今も、将来も。だから自分たちの中身を出していく。実態を変えるだけではなく、実態を社会に示していくということが大事。

■ 風評の払拭に近道はない

 ――ブラック批判の影響については? 

 肌感覚だが、われわれだけが厳しくなったのではない。これは業界全体にいえることであって、集客についてまったく影響がないとは思わない。この風評ばかりはどうやってもなくすしか仕方がない。そこが実態を示すというところにつながる。

 今、入社する人は実態を見たうえで選んでくれている。これだけ言われているところに入社するのは不安じゃないですか。逆に、彼らが言ってくれるのは「なぜここがブラックと言われるのか」。一緒に「冗談じゃない」という思いを持って来てくれている。こういう1つずつの積み重ねしかない。

 一般の方々にも見ていただいて、ネットで騒いでいるほどではないじゃないかということをわかってほしい。あれだけ騒がれても社員は離れていない。そこが社員に感謝するところ。それは実態を理解しているからだと思う。