幕引き遠いエアバッグ問題 タカタに追加リコールの可能性

世界2位の自動車安全装置メーカー、タカタ<7312.T>がエアバッグ大量リコールの危機に揺れ続けている。同社製エアバッグの欠陥が原因とされるリコールは過去5年間で690万台におよび、さらに今月に入って新たに約360万台のリコールが発表された。

米国では高速道路交通安全局(NHTSA)が同社エアバッグ問題について調査を進めており、その結果次第ではリコール規模がさらに拡大し、同社の収益に一段と重圧を与えかねない。

<過去の事故、対応なお不十分>

1990年代以降、世界の自動車メーカーに採用され、これまで多くの事故から人命を救ってきたタカタ製エアバッグ。しかし、2009年5月、米国でその信頼性に決定的なダメージを与える死亡事故が起きた。

オクラホマ州でホンダ<7267.T>「アコード」2001年モデルに搭載した同社製エアバッグが衝突時に爆発、飛散した金属片が運転していた18歳の女性の頸(けい)動脈を切断した。その半年後、バージニア州でもホンダ車で同様の事故が起き、33歳の女性が2人目の犠牲者となった。

いずれの事故についてもホンダとタカタは裁判に至ることなく遺族と和解。ホンダはその後もタカタ製エアバッグのリコールを継続し、昨年4月と5月には、ホンダやトヨタ自動車<7203.T>など5社が日本や米国などで合計約400万台をリコールした。タカタは300億円の特別損失を計上し、エアバッグ関連では過去最大規模となったリコール問題は終息に向かうかに見えた。

だが、タカタにとって、事態は幕引きどころか、再び拡大の様相を呈している。

今月11日、トヨタは昨年リコールした162万台の再リコールを発表。さらに同じ理由で、新たに65万台のリコールを追加した。23日にはホンダ、日産自動車、マツダ<7261.T>の3社が世界で合計約295万台のリコールを発表したが、以前にリコールした同社製エアバッグの欠陥に対応できていなかったことが理由だった。

これらのリコールとは別に、ホンダ、トヨタ、米フォード・モーター<F.N>、独BMW<BMWG.DE>など7社は、タカタ製エアバッグの不具合に関連し、米国内の「湿度が高い4地域」に限定したリコールを実施すると明らかにした。その中には、これまでリコール対象となっていた時期よりも後に製造されたエアバッグを搭載した車も数多く含まれている。

「懸念すべきは、これまで彼らがこの問題を完全に解決してこなかったことだ」と自動車安全のコンサルタントのショーン・ケイン氏は指摘し、これまでのタカタのリコールが不十分だったとの見方を示した。

<高湿度地域を対象にリコール拡大>

人命を守るべきエアバッグが、衝突の衝撃で一瞬にして凶器と化す。安全装置メーカーとして致命的な欠陥であるにもかかわらず、その原因が完全に解決されているとは言い難い。

これまでの不具合の原因として、タカタとホンダは、米国のモーゼス・レイク工場とメキシコのモンクローバ工場で2000─02年、インフレーター(エアバッグを膨張させるガス発生装置)の中に用いる火薬の製造工程や管理に問題があったと米当局に説明している。

昨年の4月と5月のリコール以降、タカタ製のインフレーターが破裂したケースは、米国で少なくとも6件、日本では2件報告されている。8月には米国で、ホンダ「シビック」2005年モデルに搭載されていたエアバッグのインフレーターが破裂。米当局への報告によると、「運転者の右目に1インチの破片が飛んできた」という。

国内では昨年4月のリコールからわずか数週間後の5月14日、岡山県でホンダ「フィット」2003年モデルの助手席エアバッグが破裂する事故があった。負傷者は出なかったが、エアバッグから飛び出した金属片が高温だったため、助手席付近のインパネやコンソールボックスが焼損した。さらに今年1月には静岡県でトヨタ車の事故が発生。「カローラ」2002年モデルに搭載されたエアバッグが作動した際、高温の破片が車内に飛び散り、助手席シートが焦げたという。

ホンダではその後半年をかけて分析・調査したが、エアバッグの破裂の再現はできなかったため、昨年11月、国土交通省に対し、調査は継続するものの、追加的なリコールは必要ないとの報告を行った。

しかしトヨタは、欠陥エアバッグが当初の想定よりも多く出回っている可能性を懸念し、国内で65万台の追加リコールに踏み切った。さらに、昨年海外でリコールした約162万台についても、その際は検査にとどめ、部品交換を見送ったものの、今回はあらためて「疑わしきものは全部交換する」(トヨタ広報)との判断から再リコールという異例の措置をとった。

トヨタは、タカタの記録保持が不完全で問題を複雑にしたと指摘している。タカタの広報担当者はロイターの取材に対し、メキシコのモンクローバ工場での記録の保管状態に問題があったことを認めた。

トヨタのリコールを受け、国交省はホンダ、日産、マツダとBMWに対象車を確認し、リコールの必要性を早く判断するように指示。各社はリコールを拡大し、23日にホンダは世界で203.3万台、日産は75.5万台、マツダは15.9万台を新たに対象とした。

米当局は今月11日、2002年以降に製造されたタカタ製エアバッグのインフレーターに問題がある可能性や湿度の高い地域においてエアバッグが破裂するリスクを調査していると発表した。タカタやホンダなどメーカー側はこれまで製造工程や品質管理の不具合を指摘してきたが、その中には、湿度の高い地域に関連した問題点は入っていない。

米当局の要請を受けて、ホンダ、トヨタ、日産、マツダ、フォード、BMW、伊フィアット<FIA.MI>傘下のクライスラー・グループの7社が23日、湿度の高い4地域としてプエルトリコ、フロリダ、ハワイ、バージン諸島を対象にリコールを発表。ホンダは、アラバマ、ジョージア、ルイジアナ、ミシシッピ、サウスカロライナ、テキサスの各地域もリコール対象に加えた。対象車両は2001年モデルから2011年モデルの車両を含んでおり、これまでの対象範囲から大きく拡大している。

タカタは、米当局に宛てた11日付の書簡で、湿度の高い4地域において、一部運転席エアバッグインフレーター(2004年1月1日━2007年6月30日製造)と助手席インフレーター(2000年6月━2004年7月31日製造)の部品交換に対応する方針を示した。

ホンダによると、タカタ製エアバッグは、硝酸アンモニウムを含むガス発生剤を採用。硝酸アンモニウムは、ガス発生の効率が良く、残滓(ざんし)物も少ない。しかし、湿気にさらされると不安定化する恐れがあるという。大手エアバッグメーカーのオートリブ<ALV.N>やTRW<TRW.N>は、ガス発生剤に硝酸アンモニウムを使用していないという。

タカタの高田重久会長とステファン・ストッカー社長は23日、連名で謝罪声明を発表、再発防止に向け「さらなる品質管理体制の強化・徹底」と調査やリコールに「全面的に協力」する姿勢を明確にした。

<タカタ、特損発生で赤字転落の可能性も>

拡大を続けるリコールはタカタの業績にどう響くのか。タカタ側は現時点で「不明」としているが、収益への悪影響は避けられそうにない。

SMBC日興証券の松本邦裕シニアアナリストによれば、エアバッグモジュール1個9000円として、現時点で判明している4社のリコール台数計520万台分のインフレーター交換で単純計算した場合、特別損失は約470億円となり、2015年3月期に見込んでいる純利益160億円は赤字に転落する可能性がある。

リコール費用は、たとえばエンジン部品の場合、工賃なども含めて1台当たり3─5万円になることもあるが、一般的には「1台当たり1万円前後で修復できるケースが多い」(複数の自動車業界アナリスト)という。

リコールの場合、対象になった車両のユーザー全員が修理を依頼するとは限らない。しかし、それを割り引いても、今回はリコール台数が多く、部品がすぐ調達できないため、まず助手席エアバッグを作動しないよう応急措置をとる手間とコストがかかる。

その後にエアバッグのインフレーターを交換すると、追加の人件費がかさみ、「通常よりもコストがやや高くなることも考えられる」とアドバンストリサーチジャパンの遠藤功治アナリストは指摘する。

「設計・開発能力がある会社であるうえ、(自動車メーカーによる調達先分散の点からも)注文がすぐ他社に大きく流れるとは考えにくい」(遠藤氏)ものの、今回のリコールによるイメージダウンは大きく、完成車メーカーからの取引が将来的に減らされる懸念は否定できそうにない。

<修理間に合わず作動を停止>

「警告 現在、助手席のフロントエアバッグが作動しません」。

今月中旬、トヨタのエアバックリコールに応じた所有者の車には、助手席にこう書かれた黄色いラベルが貼られていた。不具合がある可能性のあるエアバッグを使い続けるよりは、作動しない方がまだ安全というメーカーの判断だ。

リコールに応じて12年間乗ってきた愛車トヨタ「ノア」を修理に出した岐阜県在住の会社員、中川智貴さん(52)は、交換部品が届くのが11月ごろになるため、それまでは助手席に極力人を乗せないでほしいとディーラーに要請されたという。

「何人も乗せることも考えてミニバンを買っている。もし事故に遭い、エアバッグが開かずにひどいけがをしたら、トヨタはどういう対応してくれるのだろうか。保険はその時どうなるのか」と中川さんは当惑を隠さない。トヨタや各社は、国交省の基準を満たした上で助手席エアバッグの機能を停止することを決めたとしている。