除染進むも、酪農家に新たな悩み

復興への日々です。原発事故から3年余り。福島県の隣、宮城県には、除染が進んだにもかかわらず、新たな悩みを抱えることになった酪農家がいます。

 蔵王山麓に広がる牧草地帯。福島第一原子力発電所からおよそ90キロ離れた宮城県蔵王町で、55年にわたり酪農を営んでいる泉行雄さん(70)です。

 「(震災直後は)風評被害がすごかった。学校給食、全部アウト」(酪農家 泉行雄さん)

 震災発生前、泉さんは、飼育する60頭の牛のえさを自らの牧草地の草で賄ってきました。ところが原発事故から2か月後、その牧草地からは当時の国の基準を超える放射性物質が検出され、えさとして使用できなくなりました。

 「あの年は全然だめだった。食べさせられないと言われても困る」(酪農家 泉行雄さん)

 泉さんの牧草地では、その後、除染が進み、去年には国の基準を下回るようになりました。しかし、泉さんは、いまだに牛の大半のえさを外国産の牧草に頼り続けています。

 「全く(放射性物質が)なくなったわけではない」(酪農家 泉行雄さん)

 放射能に対する不安が消えないのです。さらに新たな事態に直面しています。泉さんは、自分の牧草地の草が国の基準を下回ったことで、東京電力から賠償を打ち切られました。年間、数百万円かかる外国産の牧草の購入費用をすべて自分で負担しなければならないのです。

 「できない。経営的に」(酪農家 泉行雄さん)

 原発事故から3年余りが経過しましたが、放射能を巡る先の見えない不安との闘いは宮城でも続いています。