猪瀬知事辞職 鋭い舌鋒、裸の王様に

就任わずか1年の猪瀬直樹東京都知事。辞職前に相談したのは、都幹部でも都議でもなく、石原慎太郎前知事と川淵三郎・日本サッカー協会最高顧問だと自ら記者会見で明かした。庁内で心を許せる相談相手を持つことができず、孤立の中で追い込まれていった姿が浮かぶ。

国際オリンピック委員会(IOC)総会で2020年東京五輪の開催が決まった9月7日の深夜。猪瀬氏は珍しく、ホテルの一室に担当記者を集め、満足げにビールグラスを傾けながら招致活動の内幕を語った。高円宮妃久子さまの総会出席が実現したのは自身の功績だったと強調し、「僕は『ミカドの肖像』の著者だよ」と力を込めた。

 旧皇族らについて記した同書で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、文壇に地位を築いた猪瀬氏。日本の近現代史に独自の視点で切り込み、01年には国の行革断行評議会委員などに起用された。数字を駆使して相手を論破するスタイルは当時の「小泉改革」の時代性とマッチし、既得権益と戦う改革者のイメージができた。

 石原前知事の後継として約4万人の都庁職員のトップの座に就くと、鋭い舌鋒(ぜっぽう)は内部にも容赦なく向けられた。

 知事室に説明に入った幹部職員を怒鳴りつけるのは日常茶飯事。ある課長は、資料の中にある国会議員の出身県が答えられずに叱責され、上司に「もう入りたくない」とこぼしたという。「約434万という空前の得票がワンマンぶりを加速させた」と嘆く職員は多い。

 前任の石原氏も「ワンマン」と称されたが、在任中に成果を上げた認証保育所制度や温室効果ガスの排出権取引などの独自政策は、職員から出たアイデアだった。05年に腹心の部下だった浜渦武生副知事(当時)が「やらせ質問」疑惑で都議会の百条委員会で追及された際は、知事を擁護する職員も多く、議会に協力的な職員との間で対立も生まれたという。

 しかし今回、職員が猪瀬氏の辞職を止めようとする局面はなかった。都幹部の一人は猪瀬氏を「個人商店の店主のよう」と形容し「徳洲会の問題も、自分が『こうだ』と言えば、多少おかしくても周囲は従うと勘違いしていたのでは」と推測する。

 信州大で猪瀬氏の1年先輩にあたる佐藤綾子・日大教授(パフォーマンス心理学)は「上から目線で人のアドバイスを聞き入れなかった結果、『裸の王様』になってしまった。辞職は時間の問題だったが、言い訳する姿が連日のように報道されてしまい、政治家の幕引きとしては最悪だった」と問題点を指摘した。