外国籍女性のDV被害 夫が握る在留権利、新制度やハーグ条約に不安

20131026-00000020-kana-000-0-viewドメスティックバイオレンス(配偶者らからの暴力=DV)が横行する中、日本人男性と国際結婚した在日外国籍の女性は、特に被害に遭いやすいとされる。日本に在留する権利を夫に握られ、圧倒的な力の格差がDVの温床になっているためだ。さらに新たな在留管理制度や、国際結婚が破綻した際の子どもの扱いを定めたハーグ条約への加盟が被害を助長しかねない。支援からこぼれ落ち、逃げ場のない絶望を抱えた女性たちは、さらに追い詰められようとしている。

堕胎を迫られた。「偽装結婚」と通報もされた。日本人の夫の家族と同居して間もなく、フィリピン国籍の女性は日本の習慣に不慣れなことを疎んじられるようになり、差別や暴力がエスカレートしていった。夫の実家を離れて姉の元に身を寄せ、長男を出産した。

 言葉の壁や文化の違いを抱え、夫の家族や地域社会から孤立しがちな外国籍女性たち。在留資格の更新や変更には夫の協力が欠かせない。依存せざるを得ない立場に付け込まれ、支配されやすい境遇に身を置く。

 言うことを聞かなければ日本にいられなくしてやる−。支援団体「カラカサン」(川崎市幸区)の共同代表・山岸素子さんは「DV被害者の多くは、逃げられないように夫から脅されている」と指摘。外国人問題に詳しい山口元一弁護士は「不法残留になることを恐れ、DVを受けているにもかかわらず別居をためらうことがある」と訴える。

 このフィリピン国籍の女性も在留資格更新のため、いったんは夫の元に戻った。だが、手続きへの協力を盾に夫の暴力は止まらない。長男を連れて再び姉宅に逃れたが、追ってきた夫と家族に長男を奪われた。親権をめぐる訴訟にも敗訴。長男の暮らす日本での生活を望んだが、在留資格を失うことになり、帰国を余儀なくされた。

 「外国籍女性の苦境を象徴していた」。女性を支援した山岸さんが振り返る。

在留管理制度が変更された入管難民法が昨年7月に施行され、多くのDV被害者は不安に陥っている。

 法務省入国管理局によると、新制度では(1)(日本人や永住者の)配偶者としての活動を6カ月以上行っていない(2)90日以内に住居地の変更などを届け出ない−場合などは在留資格が取り消される。別居などのケースが想定されるが、「正当な理由」がある場合は除外され、同局は「DV被害者の資格は取り消さない」とする。

 ただ、同局が全国でDV事案と認知したのは年間60〜70人台で推移。山岸さんは「氷山の一角にすぎない」と言い切る。

 そもそも「正当な理由」と認められるには、どの程度の立証が必要か。女性の身体への直接的な暴力のみをDVと捉え、食器をたたき割ったり、暴言をはいたりする行為は除外されているのではないか。疑念が募る。

 「『正当な理由』という曖昧な概念を採用していることに問題がある」。そう指摘する山口弁護士は、「運用次第では、同居が酷なほど過酷な状況に置かれていても、在留資格を取り消されることを恐れ、別居に踏み切れないこともあり得る」と懸念する。

その外国籍女性が着ていたのは、いつも長袖シャツだった。隠していたのは夫から受けた暴力の痕。同胞との接触を禁止され、周囲から孤立し、独り苦しみを抱えていた。

 転機は子ども連れでの一時帰国だった。姉の危篤をきっかけに戻ったが、日本に残る夫からの電話に手が震え、まともに話すこともできない。家族が不審に思い、女性は初めてDVを打ち明けた。家族などの支援を受け、日本帰国後に離婚。親権を得て、今ではシングルマザーの英語教師として日本で暮らす。

 この女性は一時帰国を契機に人生を立て直すことができた。だが、ハーグ条約加盟後は「夫の同意なしに子ども連れで日本から出ることが難しくなりかねない」と山岸さん。「子どもを連れて帰れば刑務所行きだ」と脅され、DVを我慢することも考えられるという。

 たとえ子どもと一緒に出国できても、夫から申し立てがあれば原則、子どもは日本に返還される。「妻に対する暴力自体は返還拒絶の理由にならない。せいぜい子どもの面前で激しい暴力を振るい、それが子どもにトラウマを残すような場合に限られる」と山口弁護士。子どもを夫の元に残したまま母国に逃げるか、子どもと生活しながら日本でDVに耐えるか。「DV被害者は、厳しい二者択一を迫られる危険が高い」と指摘する。

 一時帰国という選択肢がなくなれば、DVから逃れるすべを失い、ますます追い込まれてしまう−。そう懸念する山岸さんは、外国籍女性のDV被害者に及ぼす影響がほとんど議論されることなく進んだハーグ条約加盟の国会審議に、問題の根深さを感じたという。

 「暴力を前に国籍は関係ない。しかし彼女たちの権利保護の視点がすっぽり抜け落ちていた。日本社会で“見えない存在”であることを象徴していました」

 外国籍女性へのまなざしを欠いたまま、政府は来年4月に条約に加盟する方針を固めた。

保護割合、日本人の5倍超

外国籍女性がDV被害者となる割合は、日本人女性の5倍超とされる。厚生労働省などの統計によると2011年度、DVを理由に全国の婦人相談所に一時保護された日本人女性は10万人当たり6・0人。一方、外国籍女性は同35・3人に上った。

 04年のDV防止法改正では、外国籍女性も保護対象と明確化。08年には、警察庁が非正規滞在の場合には適切に対応するよう各都道府県警に通達し、法務省も在留資格の更新や変更などで十分配慮するよう措置要領を定めた。

 だが国際社会では、外国籍女性の法的地位が日本人の夫に依存する在留管理制度や、DV被害のリスクが高いにもかかわらず十分な支援を受けられない状況が問題視されている。国連の女子差別撤廃委員会は09年、外国籍女性の不安定な立場に懸念を示した。

 一方、神奈川は支援の先進地とされ、県は多言語でのDV相談や一時保護、自立支援などを行う。民間団体との強い連携が特徴だ。県配偶者暴力相談支援センターでは日本語のほか、7カ国語で相談に当たり、単なる通訳ではなく、被害者支援などの専門知識を持った相談員が対応。12年度は5929件のうち1割超の752件が外国語だった。シェルターでは生活習慣などに応じ、きめ細かな支援を行っている。

 ただ、日本語を十分に理解できなかったり、夫の支配下にあって連絡できなかったりして、「支援にアクセスできる外国籍女性は限られる」と県人権男女共同参画課の女性相談員・国兼淳子さん。「DV被害が疑われる知人がいたら、夫らには気付かれないように注意しながら、多言語の相談窓口で連絡するよう伝えてほしい」と話している。

 多言語の電話相談は月〜土曜日の午前10時〜午後5時。面接相談は午後4時まで(要予約)。連絡は電話050(1501)2803。