長時間労働はどうすればなくせるか

現在の労働問題をめぐる大きな論点の1つが労働時間規制です。長時間労働はいわゆるブラック企業にとどまらず、多くの企業で慢性化していると指摘されています。しかし長年にわたり長時間労働が維持されてきたのは、企業や働く個人にとってメリットも存在するからだと考えられます。

 長時間労働が起こる要因を整理すると、本人の自発的意思に基づいた「自発的」長時間労働と、「非自発的」長時間労働に分けられ、この区別が労働時間の問題を考えるうえで重要です。

 自発的長時間労働の要因としてまず挙げられるのは、仕事中毒です。純粋に仕事が好きで本人が喜んで長時間労働を選択している状況ですが、アルコール中毒と同様、健康に害があるとわかっていてもやめられない側面があります。

 第2の自発的要因は、金銭的インセンティブです。これは時間外労働を増やすことで、自分の所得を増やそうとするものです。

 第3の自発的要因は、出世願望です。長時間労働は自分の時間を企業や仕事に捧げるという意味で、所属組織に対する忠誠心を示すシグナルの役割を果たすのです。

 そして第4、第5の要因が人的資本の回収とプロフェッショナリズムです。前者は医師や弁護士のように資格取得や教育訓練に多大なコストを支払った場合、それに見合ったリターンを得ようとするインセンティブが働き、後者はプロ意識から長時間労働を厭わず一定水準以上の仕事をしようとすることで労働時間が長くなります。

一方、非自発的長時間労働の要因としては、まず市場の失敗があります。労働市場において使用者側の交渉力が強かったり広義の転職コストが大きければ、長時間労働からの脱出は困難です。

20131022-00010900-president-001-1-view第2の非自発的要因には、職務の不明確さと企業内コーディネーションによる負担があります。日本では欧米に比べ職務範囲が明確でないため、「自分の仕事が終わったから退社」という行動が取りにくくなっています。また「頻繁で長い会議」が象徴するように、情報の共有や伝達など、企業内コーディネーションに要する時間が長時間労働として顕在化している面もあります。

 第3の非自発的要因は、雇用調整のバッファー確保です。不況期に人員調整を避けるためには、労働時間に「削りしろ」のある状態、つまり平時でも長時間労働が常態化する必要があるということです。

 そして第4の非自発的要因が、自発的長時間労働者からの負の外部効果です。たとえば、上司が長時間労働者の場合、部下は残業に付き合わざるをえなくなります。

■企業の本音は「残業代を減らしたい」

 私が座長を務める規制改革会議の雇用ワーキンググループでは、この秋から労働時間規制の問題を中心テーマとして取り上げます。

 われわれが労働時間の問題で最初に議論したのは、裁量労働制でした。裁量労働制は例外的に通常の労働時間に規制をかけないようにして働き方の柔軟性を確保するものですが、非常に使い勝手の悪い制度になっています。たとえば企画業務型裁量労働制の適用労働者の割合は、調査対象企業の労働者の0.3%にすぎません。

 規制改革会議には企業側から「もっと使い勝手をよくしたい」との意見が寄せられました。ただ、ホワイトカラー・エグゼンプション(労働時間規制適用免除制度)が頓挫した際に指摘されたように、企業側の本音は「残業代を払わないといけない労働者を減らしたい」という点にあります。しかしそれは企業側の一方的な論理であって、労働者の立場からも考えなければいけないのは当然です。

 では、労働時間規制はどうあるべきなのでしょうか。前述したように長時間労働は一概に悪とは決めつけられませんが、労働者の健康確保を目的とした規制は政府の役割として実施すべきです。自発的であっても健康への影響を理解していない労働者もいるでしょうし、自律的に労働時間を管理できる労働者は限られているからです。

 そのうえで、基本的に労使コミュニケーションで解決を図っていくべきでしょう。規制が強すぎると労働者の自律的な選択を損ねかねず、先に見た長時間労働の要因の多くは、企業ごとの解決がカギを握っているからです。

 望ましい労働時間規制を考えるため、諸外国の制度を眺めてみましょう。米国では週40時間を超える労働に50%の割増賃金の適用を義務づける間接規制をとっています。一方、ヨーロッパでは週平均で48時間を超えないといった、労働時間を直接規制している国が多い。さらに24時間勤務したら、最低連続11時間の休息期間をとらなければならないというインターバル規制を行っています。

 日本では労働基準法で週40時間の法定労働時間を超えてはならないとされ、それ以上働かせるには過半数の従業員で組織する労働組合と書面を締結し、労基署に届ける必要があります。いわゆる36協定ですが、長時間労働の歯止めになっていないのが現状です。

 EUとの比較で考えると、日本は長時間労働を抑制する仕組みに問題があると考えられますが、ヨーロッパの規制をそのまま導入すればうまくいくとも思えません。

■ドイツが導入した「労働時間貯蓄制度」

 現在、日本でもインターバル規制を取り入れている業界があります。しかし私の経験から言えば、忙しさが続く時期はあるもので、そのときに「11時間後に来なさい」と言われたら仕事になりません。むしろ、長時間労働が続いた後にまとまった休暇を取れる制度があったほうが、本人のためにも企業のためにもよいと思います。

 すでにヨーロッパでは、超過した労働時間には割増賃金を払うという考えから休日に代替する考え方が強まっています。たとえばドイツでは割増賃金による規制を1990年代にやめて「労働時間貯蓄制度」を導入しました。労働者が労働時間口座に所定外労働時間を貯蓄し、休暇などに使える仕組みで、オランダやベルギー、北欧諸国などでも導入されています。

 残業した分は割増賃金でなく休めるようにすれば、残業代を稼ぐために労働者が長時間労働をするインセンティブがなくなり、あまり残業代を払いたくないという企業側の本音にも合致します。

 日本では年次有給休暇の取得率が低いという問題がありますが、ヨーロッパの労働者が年休を取れるのは企業にきちんと取らせる義務を課しているからです。また、日本で年休を取りにくいのは、職務の不明確さと企業内コーディネーションによる負担があるという側面もあります。要は「休むと他の人に迷惑がかかるから」年休を取れない。解決するには、働き方の根本を変えざるをえません。

 日本の組織の強みは、社員同士の密接なコーディネーションにありました。つまり組織の上下左右でコミュニケーションを取り、すり合わせていくことで強みを発揮してきましたが、それによって労働時間が増えてしまいました。

 「すり合わせ型」の働き方が行き詰まったいま、今後は職務を明確化するとともに、綿密なコーディネーションを必要としないよう業務をうまく切り分けて組み合わせる「モジュール型」の働き方への転換が必要になると思います。

 同時に、長時間労働を支えてきた企業文化や社会規範を変えていくことも重要になるでしょう。これは女性や高齢者の職場参加を促すためにも必要です。