レッドソックス上原はなぜ打たれないのか?

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上原の速球「伸びてくるようだ」

レッドソックス、地区優勝の原動力の一人となったのは、今季途中から抑えに回ると、連続アウトを37人にまで伸ばし、球団記録を更新するなどした上原浩治だ。上原のファストボール(直球)の平均球速は、89マイル(約143キロ)程度。「クローザーにはパワーピッチャーを」が常識のメジャーでは、極めて異例だ。その140キロを少し超える程度の速球で上原は、抑え、結果を出している。

 なぜか?
 三振の数に対して四球が少ないとか、WHIP(1イニングあたり、何人走者を出したか)が低いとか、被打率が低いとか、いろいろな分析や捉え方があるけれど、それは結果を評価しているのであって、「なぜ、抑えているか」を分析したものではない。
 では、なぜ相手が143キロの真っすぐに翻弄されるか、だが、対戦打者らに聞いて共通するのは、その“質”である。彼らは揃って、「伸びてくるようだ」と話す。現実にボールが、重力に逆らって伸びることはない。しかし、彼らはそう錯覚するそうだ。

 本当にそうなのか?
 面白いことに、メジャーにはそれを証明する数値がある。それは以前、このコラムで藤川球児(カブス)について書いたときに紹介したが、「バーティカルムーブメント」という指標がそれだ。
 比べるのは2つの値。
 まず、無回転の球が捕手のミットに納まる位置を、リリースポイント、角度、球速などから基準値を算出(無回転のボールは現実にはあり得ないが、あくまでも理論上の値として)。
 今度は、リリースポイントなど、同一条件で実際にその投手が投げる回転のかかった球がミットに納まる位置を測定。

 それぞれのミットの位置を比較して、上か下かをプラス、マイナス(インチ)ではじき出したのが、バーティカルムーブメントの値だ。
 理論上、バックスピンがかかっていればかかっているほど、プラスの値が大きくなる。その場合、打者には、ボールが伸びてくると感じられるようだ。

 では、上原はどのくらいの数値なのかというと、別表を参考にして欲しい。「FANGRAPHS.COM(http://www.fangraphs.com/)」のデータによれば、今季、50イニング以上投げている投手の中では、なんとプラス11.2インチ(28.4センチ)で4位タイだった (9月21日現在)。リーグ平均は、7.9なので、平均を3インチ以上も上回っている。

上原浩治と藤川球児の共通点

これなら、相手打者は「ボールが浮き上がってくる」とも感じられるはずである。実は、上原の球筋について一番具体的に教えてくれたのは、キャスバー・ウェルズ(フィリーズ)という選手だった。春のオープン戦で彼は、藤川と対戦している。その印象を聞くと、「ウエハラに似ている」と話したのだ。

 その共通点を問えば、「ボールが伸びてくる感じが」と答えている。
 彼との取材でのやり取りをしたことをまとめると……「二人(上原と藤川)の球は沈まない。結果どうなるかと言えば、ボールの下を振りやすくなる。打者の中には、平均的な投手が投げる真っすぐの軌道がイメージとして染み付いているから、彼らの球は浮き上がるように見える。そうした球が有効なのは、真っすぐ系なのに微妙な変化をするカッターやツーシームといったムービンファストボールが、打者にとって厄介なのと同じこと」……なのだそうだ。

 ある意味、変化球か?と聞けば、「そうともいえる」と頬を緩めた。上原や藤川のようにきれいなファストボールを投げる投手はアメリカには少ない。よって、逆に彼らの球は特殊な動きに映るようだ。
 ちなみに、相手打者が振って、空振りする確率を示すデータもあって、その数値は9月21日現在、18.4%で、50イニング以上投げた投手の中で上原はリーグトップだ。

 おそらく空振りのほとんどは、上原が持つスプリットという落ちる球だろう。だが、真っすぐが伸びているから、なお、その落差が大きくなり有効なのである。この143キロのファストボールで空振りを取るシーンは少なくはない。ウェルズの「ボールの下を振りやすくなる」という言葉が証明している。

 なお、空振り確率の2位は、あの100マイルの超速球を投げるアロルディス・チャップマン(レッズ)で16.6%。対象的な二人だが、空振りをとるのに必要なのは、必ずしもチャプマンのような速い球ではない、ということが分かる。打者から次々に空振りを奪う、143キロの魔球。ただ、疲れなどからバーティカルムーブメントの値が平均的なものになれば、それはリスクの高い球にもなり得る。

 どこまで重力に逆らえるか。上原の生命線はそこにある。