ダイキン「大盤振る舞い」の裏側 技術の世界標準化へ“深謀遠慮”

20130916-00000502-san-000-1-view9月に入っても残暑が続く中、現代人にとってエアコンは生活必需品となっている。業界最大手のダイキン工業(大阪市)は、自ら開発した“マル秘”技術を新興国で無償開放する方針を打ち出し、脚光を浴びている。「大盤振る舞い」(関係者)の裏側には、エアコンメーカーのパイオニアとして、将来的にも「世界の主導権」を握ろうとする深謀遠慮があるようだ。

 その技術は、“エアコンの血液”といわれる「冷媒」に関するものだ。冷媒は、エアコンの室外機と室内機の間をぐるぐる回っているガスで、冷房時には部屋の熱を外に、暖房時には外の熱を部屋に運ぶ役割を果たす。もともと、エアコンの冷媒にはアンモニアや二酸化硫黄などが使われていたが、有害で燃えやすいため、20世紀半ばには、「無害で燃えない安全な冷媒」としてフロンが普及。しかし、フロンによるオゾン層破壊問題がクローズアップされ、現在、多くのエアコンメーカーはオゾン層を破壊しない冷媒「代替フロン」を使っている。

 ただ、代替フロンも地球温暖化への影響が大きい。そこで、次世代の冷媒として、現在主流の代替フロン「R410A」に比べ、温暖化への影響が3分の1と小さく、高効率の新代替フロン「R32(HFC32)」が注目され始めた。ダイキンが1年間に生産する全家庭用エアコンの冷媒をR32に置き換えた場合、約1万世帯の1年分の二酸化炭素(CO2)排出量を削減するのとほぼ同等の効果があると試算されている。ところが、R32はやや燃えやすいという弱点があり、エアコンメーカーは、採用に及び腰だった。

 ダイキンは昨年秋、R32を採用した家庭用エアコンを世界に先駆けて発売した。R410Aと性質が似ているため、エアコンの大幅な設計変更は必要なかったが、やや燃えやすいという弱点を克服するため、これまでのデータをもとに最適な材料や部品を選定した。簡単そうに思えるが、世界で唯一、冷媒開発からエアコン生産までを手がけるダイキンだからこそ、R32採用のエアコンを世界で初めて量産できたのだ。

 ダイキンは、「HFC32を使用した空調機の製造・販売に不可欠な基本特許」を世界各国で申請・取得している。しかし、地球温暖化を防ぐため、技術開発が遅れている新興国メーカーに対し、これらの基本特許を無償開放するという。さらに、国内メーカーに対しては、ダイキンと同じ数の特許の使用を金銭の支払いなく認め合う「クロスラインセンス契約」を結んだ。

 「技術のブラックボックス化は必要だが、利益につながらなければ意味はない。市場を味方につけることが重要」。ダイキンの井上礼之会長は、「虎の子の技術」をオープン化した理由をこう打ち明ける。ダイキンの技術が普及すれば、デファクトスタンダード(事実上の業界標準)を構築でき、将来的にビジネスが有利になるメリットもある。同社はかつて、中国の空調大手、珠海格力電器に対し、きめ細かく温度を制御し、省エネ運転できる「インバーター技術」を無償供与した。当初は社内で反対意見も多かったが、中国でインバーター技術のデファクトスタンダードを握ることに成功した。

 しかし、最新技術を気前よく公開すれば、人件費の安い新興国メーカーに格安品を販売され、「恩をあだで返されるリスク」(関係者)も懸念される。それでも、井上会長は自信満々だ。「どんなに新しい技術もいずれは必ず追いつかれる。ライバルに負けないよう、当社はさらに新しい技術を生み出します」。その経営手法は液晶やテレビ、半導体などで価格競争に敗れた日本の電機メーカーとは一線を画す。激しさを増す世界的な競争の下で日本企業が生き残る成功モデルの一つといえそうだ。