「ホウレンソウ」は、人の成長の芽を摘む

「決まったことを、決まったとおり、キチンとやる」だけで生産性は3倍になるという。13分冊、計1994ページの店舗マニュアル(MUJIGRAM(ムジグラム))の秘密を公開した。

──無印良品では新人でもマネキンのコーディネートができるのですか。

 MUJIGRAMでたった1ページの中にポイントを絞り込んでいる。「シルエットを△形か▽形にする」「使う服の色は3色以内」。基本はこの2点だけだ。極端にいえば、新入社員でもMUJIGRAMを参照してディスプレーができる。

──「無印らしさ」はこの標準化の賜物ですか。

 自分自身がこれまでいろいろな問題に直面してきて、その問題をどうやって解決してきたかの集大成になっている。マニュアルづくりの必要性は、営業本部長として新規開店に立ち会って痛感した。でき上がった売り場をほかの店の店長たちが次々と直しに来る。それぞれの勘と経験に基づいて。それなら、そのトップ層の経験と勘を共有化して、レベルアップしていく文化にしたらいいと考えた。それには統一された目標と方法が必要になり、それがMUJIGRAMになった。

──参考にした会社があったようですね。

 しまむらを参考にした。ただ、それはしまむら自身の文化と風土の中で作られたマニュアルだから、それをそのまま持ってきても役に立たない。稚拙でもいいから自分たち向けに作り直す。作り直すには、全社の知恵の共有が必要であり、かつ世の中や仕事のやり方の変化に合わせ、マニュアルはほぼ毎日変えないといけない。毎日変えて、血の通ったものにして、その直近のやり方をMUJIGRAMとして、みんなが参照する。

──マニュアルというと、悪しきイメージがあります。

 MUJIGRAMと、社内公募して命名したのは、その辺を意識したからだ。いわゆるマニュアルを超えたものにしないと本物とはいえない。本来は仕事をきちんと標準化、見える化して、最新のニーズに基づいて更新し、レベルアップさせていくためのものだ。こういう仕組みとしてMUJIGRAMを位置づけている。そうすると、社員一人ひとりのレベルが上がるだけでなく、個人だけに属さないので、会社として成長するための仕組みになってくれる。

──生産性を上げるのに役立つわけですね。

 海外に出店していくと、日本のホワイトカラーの生産性が低いことに驚かされる。年功序列と終身雇用の制度をそのまま体現する賃金体系では、ホワイトカラーの生産性は劣勢になってしまう。劣勢をどうはねのけるか。

 そこで、デッドラインの概念を入れる方法を考え出した。試験勉強では、試験直前に生産性がいちばん高くなる。それに倣い、18時30分以降は「自分の時間」として、まず残業をしない。

──デッドラインは就業時間だけでなくて……。

 生産性を上げる一つの手法として取り入れ、それをコンピュータ上のデッドラインボードで見える化している。たとえばそこで月曜日の営業会議の内容が流され、それぞれいつまでにやるのかのデッドラインが必ず設定される。自分でも部門でもやり終えるとそれぞれ○がつく。やり遂げないとどうなるか。デッドラインが延びる。

 MUJIGRAMが持っている内容は一般のマニュアルとはそうとう違う。人を育てたり、情報を共有化したり、コミュニケーションをよくするツールとして、なかなかのものだと自負している。

──社内ネットワーク上にDINA(ダイナ)システムがあります。

 DINAはDeadline(締め切り)、Instruction(指示)、Notice(連絡)、Agenda(議事録)の頭文字を並べたもので、これも社内で公募して名前をつけた。

 これにも参考にした会社はある。たとえばトリンプ・インターナショナル・ジャパン。早朝会議で有名な元社長の吉越浩一郎さんは親友だ。実際、在籍時に見学に行ったが、彼の机の前を1案件ほぼ3分で通過していく。デッドラインとなる翌朝までに何らかの答えを出さなければいけない。これがデッドラインという手法を学んだ最初だが、吉越さんが退任した途端、早朝会議もデッドラインもなくなった。仕組みになっていなかったからだ。部分最適ではなく、仕組みとして取り入れるべきと考えた。

 コンピュータ上でも見える化ができるとの意を強くしたのは、広島の医院の事例。各エリアでの顧客開拓の進捗がコンピュータ上でわかる。その一方で、病院に行くと何かと待たされる。誰もが不満の塊みたいになりがちだが、この医院ではポケットベル状のものを渡す。受け付けや精算で3分待たされるとベルが鳴る。機微に触れる「もてなし精神」も大いに参考になった。

──「報(ほう)(告)・連(れん)(絡)・相(そう)(談)」は、いらないとも書かれています。

 これは成果が出ない。営業会議の指示の内容を1日ぐらい置いて店舗の末端のアルバイトやパートの人たちに聞いてみると、1割や2割しか伝わっていない。コミュニケーションはそんなものだと思ったほうがいいし、もともと報・連・相は人の成長の芽を摘む。

 毎週30〜40店舗を監査室が回って、経営の課題を同時に実地に見てきてもらう。その報告を月曜日13〜14時に社長ミーティングで行う。このほうが現場で起こっていることがつまびらかにわかる。本部長も同席するから、その時点で指示が出る。最短のコミュニケーションで、最高執行責任者に見える化がされれば、悪い点はすぐ直せる。現場が直せれば顧客の評価は変わらない。報告会がいちばん確かな方法だ。

──商品開発の仕組みづくりは? 

 たとえばワールド・ムジというプロジェクト。世界のクリエーターと一緒に作る。ファウンド・ムジといって強烈なやつを探してくる仕組みもある。あるいは「くらしの良品研究所」のような、商品を開発する仕組みも持っている。個々の社員の頑張りだけでは勝ち抜けないから、仕組みにしないと。

──仕組みづくりは人材活用にも生きていますか。

 人材委員会がある。人をどう合理的に育成・配置するかという、「永遠のテーマ」を扱う。部長は40人いる。40人の配置は、人材委員会で全役員が入って、部門エゴは許さず決めていく。人事データだから公表されることはないが、役員が替わってもこの仕組みは残る。