先発完投主義は高校野球が原点? 米国から届いた問題提起とは。

米国最大のスポーツ専門局ESPNに『Outside the Lines』という番組がある。この番組は米国内外のあらゆるスポーツの諸問題、諸現象を様々な角度から検証する社会派番組なのだが、今回は“Japan's Pitching Monsters”と題し、日本の高校野球を取り上げた。

レポートするのは、私がかつてメッツの番記者時代に親交のあったT.J.クイン氏。2000年のメッツ対カブスの日本開幕シリーズの際にも来日している記者だ。今回も日本で精力的な取材を行ない、渾身のレポートとなっていた。

 レポートで取り上げられたのは済美高校の安楽智大投手。

 今年春の選抜大会を5日間で4試合に先発し、1試合当たり平均135球投げたこと。さらに大会中9日間で計772球を投げた事実を紹介しながら、米国の有力代理人からの「高校生投手の場合、95球以上投げさせてはいけないし、中3日以上の間隔を開けるべきだ」という意見や、「772球は平均のメジャー投手が6週間で投げる球数だ」というデータなどを出し、比較している。

■米国から、日本の高校野球への問題提起。

安楽のケースは決して特別なことではなく、日本の高校野球では繰り返されてきた歴史であるとしたうえで、安楽のほか、済美高校の上甲正典監督。さらには、1996年、智辯和歌山の2年生エースとして選抜大会で712球を投げ、その後、右肩を負傷した高塚信幸氏。そして昨年まで中日の投手コーチを務めていた権藤博氏にインタビューを行ない、日本の高校野球の現状を検証している。

 そして、日本国内にも高校野球の現状について賛否両論があることを紹介し、クイン記者は肯定も否定もせずにレポートを終えている。

 だが、メジャーがある米国で、日本の高校野球のあり方に関して、問題提起がなされたという事実は、重く受け止めるべきではないだろうか。

■先発完投を理想とする日本野球。

日本の先発投手の理想像は、まさに高校野球に原点があるように思う。

 とにかくチームのために球数など関係無しに連戦連投し、勝利をもたらすことが最優先となる。

 このスタイルがそのまま大学やプロ野球にも反映されているから、現在も日本では“先発完投”が重要視され、投球内容が悪くない限りは、球数に関係なく続投が基本となる。

 だがメジャーに挑戦するとなると、まったく話が変わってくる。

 何度かこのコラムで紹介しているように、メジャーでは厳格な球数制限が存在する。たとえ相手チームを圧倒する投球を続けていようとも、ノーヒットノーランなどの快挙が絡まない限り、どんな投球であっても降板を命じられるのだ。

■球数制限で7回を投げきれずにいるダルビッシュ。

これまで野茂英雄投手を筆頭に、石井一久投手、松坂大輔投手など、日本では四球や球数を気にせず先発完投を常としてきた投手たちは、やはりメジャーにおいて、少ない球数で安定して長いイニングを投げることに苦労してきた。

 そしてダルビッシュ有投手もその1人だろう。

 7月27日のインディアンス戦が顕著な例だが、6回を投げ、3安打1失点11奪三振。球数は123球。

 右僧帽筋の張りでの故障から復帰後、2戦目ということも影響しているだろうが、これだけの内容で球数が少なければ、日本ならば間違いなく続投というケースだ。

 今シーズンもここまで球数が120球を超えたのはわずか3試合。メジャー平均の100〜110球に制限されている状況下で、ここ最近6試合は7回を投げ切れていない。奪三振数の多さとは裏腹に、なかなかイニング数が増やせない状況が続いている。

 そして高校野球の影響は先発投手の投球スタイルだけに留まらない。

 実は選手生命にもマイナスの効果をもたらしている可能性がある。

■高校時代に投げ続けることの影響は?

というのも、今年3月、メジャーの選手育成の実情を知るため、ドジャースのフロント陣にインタビューをした際、昨年まで国際スカウトのトップだったローガン・ホワイト氏(現在はアマチュア・スカウト部門の副社長)はこう語っていた。

「マツザカ(松坂大輔投手)は高校野球史上最高の投手だったが、その反面とにかく投げ続けた。その一方でサイトウ(斎藤隆投手)やクロダ(黒田博樹投手)は高校時代エースではなく、サイトウに至ってはファーストだった。彼らは高校時代に投げ続ける必要がなかった。そして今、40歳前後になっても投げ続けているのは一体誰なのか? クロダとサイトウだ。そして現在のマツザカの状況を考えて欲しい」

 このホワイト氏の発言は、ドジャースがドラフト指名選手の育成プログラムを作成する際に、各選手の過去3年間のアマチュア時代の戦績をモニタリングし、無理をさせず徐々にプロとしての経験を積ませていくというプランを語る中で説明してくれたものだ。

■米国ではアマチュアでも先発投手の管理が厳格化。

残念ながら彼の発言を実証できる確固たるデータを提示することはできない。だが、現在も38歳ながら中継ぎ、抑えとして大車輪の活躍を続けている上原浩治投手も高校時代は控え投手だったというのも事実だ。

 多くの日本の投手たちがメジャーに挑戦しているが、40歳前後になっても世界最高峰の舞台の第一線で活躍をしている投手は、いずれも高校時代に登板過多ではなかった。この事実を、単なる偶然として片づけてしまっていいのだろうか。

 日本とは違い、米国ではメジャーだけでなくアマチュア球界でも先発投手の管理が厳格化している。

 指導者も選手たちに絶対に無理はさせないし、有望選手であればあるほど彼らの将来を重視する。アマチュアの頃から登板間隔、球数制限を設けられた環境の中でプレーを続けているので、それに応じた投球術が磨かれ、プロに移行しても順応しやすくなっている。

高校野球は、野球人生の3年間でしかない。

前述のレポートのインタビューには、すべて英語のナレーションが上乗せしてあるので、本人達の直接の言葉ではないが、安楽は「(自分から疲れて投げられないとは)言えないです」と話す一方で、「日本のやり方が間違っていないことを証明したい」と答えていた。

 また上甲監督は「試合前に本人から『行けます』というのを確認してから投げさせている。また選抜大会と同じような状況になったら、同じように投げさせるだろう」と話している。

 この2人の発言は、まさに長年繰り返されてきた高校野球の歴史そのものだろう。

 繰り返しになるが、今回のレポートは同じ野球でありながら日米の考え方、指導法の違いを浮き彫りにするとともに、日本の高校野球に向けられた問題提起と捉えるべきだろう。

 高校野球は日本の国民的行事である一方で、プロを目指すような選手にとっては長い野球人生の中でたった3年間でしかない。その3年間が選手たちに悪影響を及ぼす可能性があるとするならば、球界全体で取り組むべき問題であり、一刻も早く環境を変えていく必要があるのではないだろうか。