なぜ円安なのに、設備投資は増加しないのか

20130624-00014374-toyo-000-3-view6月3日に公表された2013年1〜3月期の法人企業統計の数字は、設備投資が増えていないことをはっきりと示している。

 ソフトウエアを除く設備投資を見ると、全産業が対前年同期比5.2%減、製造業が同10.3%減、非製造業が同2.4%減だ。

 前期比では増えているが、これは季節変動と考えられる。図に見るように、毎年1〜3月期には増えている。製造業について1〜3月期だけを比べれば、円高期であった11年や12年の水準よりもかなり低い水準に落ち込んでいることが注目される。

 アベノミクスでは、期待の重要性が強調された。確かに株価は、円安による輸出関連企業の利益増加を先取りして上昇した。

 しかし、実体経済指標の中で、期待がもっとも重要な影響を及ぼすはずの設備投資には、影響が及んでいない。つまり、安倍内閣の経済政策は実体経済に影響を与えていないのだ。これは、すでに公表されていた1〜3月期のGDP統計にも表れていた傾向だが、それが企業レベルの計数で裏付けられた。

 円安で利益が顕著に増加している自動車・同部品では、1〜3月期の設備投資はわずかに増えている(対前年同期比4.7%増)。しかし、他の業種では、減少になっている場合が多い。とくに減少が著しいのは、鉄鋼(同24.4%減)、生産用機械器具製造業(同29.2%減)、業務用機械器具(同20.8%減)、電気機器(同33.9%減)、情報通信機器(同19.6%減)などだ。

 なお、非製造業については、時系列的に顕著な傾向は見られない。

将来の利益増は期待薄、だから設備投資増えず

設備投資は今後増えるだろうか? それを考えるには、設備投資の決定基準を考える必要がある。

 原理的に言えば、投資が行われるのは、それによって企業価値が増大する場合だ。簡単化のため、現時点で投資資金を調達して収益が将来時点で発生するとしよう。企業価値が増大するには、投資収益の現在値が資金コストを上回ることが必要だ。まず収益率について述べよう。

 将来の利益は、将来の売り上げと原価で決まる。法人企業統計で見る利益の動向は、産業によって大きく異なる。自動車・同部品は、13年1〜3月期に利益が増加した(対前年比70.5%増)。これは、円安の影響だ。自動車産業の設備投資が増えているのは、その影響だろう。

 ただし、投資決定に影響するのは利益の水準であって、伸び率ではないことに注意が必要だ。自動車産業の場合、円安が進むと輸出売り上げが増加する反面、コストはあまり変わらない。このため、利益の伸び率は高くなる。しかし、輸出の代替手段として海外生産がある。賃金率などを考慮すれば、国内生産能力を増強して輸出で対応するより、海外生産を志向するほうが合理的だ。自動車産業はすでにその方向を選んでいる。

 しかも、円安は、投機で進んだ可能性が強い。だから、今後継続するかどうか分からない。07年頃までの円安期に国内生産への回帰が生じ、その時建設した巨大工場が今、収益を圧迫していることを考えれば、国内回帰にはリスクが伴う。

 円安で1〜3月期の営業利益が増えた産業としては、電気機器(34.6%増)、情報通信機器(67.7%増)などもある。しかし、これらの産業では、前述のように設備投資は顕著な減少を示している。これは、円安で一時的に利益が増えても生産の国内回帰は生じないことの典型的なケースだ。

 製造業の中でも、原材料を輸入に頼る業種では、利益の減少が見られる。典型的なのは、食料品製造(13年1〜3月期の営業利益の対前年同期比が20.2%減)、繊維(同65.0%減)、パルプ・紙(24.1%減)などだ。こうしたデータを勘案すると、これらの業種では、将来利益が増加する見込みは薄い。

 結局のところ、製造業の設備投資は、長期的な傾向として減少するだろう。今後日本の設備投資が増えるとすればそれは非製造業であり、そのためには、円安は阻害要因になることに注意が必要だ。

 安倍晋三首相は年間設備投資を70兆円にするとしている。しかし、その実現は難しい。もし増加させようとするなら、非製造業を中心に考えるべきだ。ただし、非製造業は内需型がほとんどで、円安はコストを引き上げる。だから、仮に非製造業の設備投資増を目指すのであれば、円安政策からの脱却が必要だ。

内部資金による投資でも、金利が影響する

次に、資金コストについて考えよう。この問題を考える際に、まず資金源について見ておこう。

 法人企業統計によると、全産業(金融業、保険業を除く)の13年1〜3月期の自己資本比率は38.3%となり、前年同期の36.2%より上昇した。この比率は00年頃には26%程度で、1980年代は16%程度だった。つまり、日本の企業は、借り入れに依存して投資を行う構造から、自己資本で行う構造に大きく変化しているわけだ。

 ただし、内部留保だからといってコストゼロではない。ある種の機会費用があると考えるべきだ。これは、「自己資本要求利回り」と呼ばれる。それを考慮して資本コストを考えるべきだというのが、「加重平均資本コスト(WACC)」の考えだ。

 自己資本要求利回りは、平均分散モデルを用いて算出される(詳しくは、拙著『金融危機のルール』〈東洋経済新報社、09年〉の第15章を参照)。これは、金利が上昇すれば上昇する。したがって、内部留保によって賄われるにしても、金利が投資決定に影響するのである。

 前回述べたように、名目金利の上昇が物価上昇期待を受動的に反映しただけのものであれば、実質金利は変化していないので、設備投資を抑制するわけではない。ただし、前回の最後に述べたように、将来の物価が上昇しないと考える人にとっては、名目金利の上昇は実質金利の上昇を意味する。実質金利とは、現実に観測できる客観的な変数ではなく、仮想のものである。それは、名目金利と期待物価上昇率から計算されるものだ。だから、人によって違うということもあり得るのである。

 なお、自己資本比率の変化は、金融機関の貸出が増えるかどうかと密接に関係している。この比率が上昇すれば、貸出は増えないだろう。だから、金融緩和によってマネタリーベースを増やしても、信用創造のメカニズムは働かず、マネタリーストックに影響は及ばないだろう。

 規模別に見ると、大企業の自己資本比率が高い(13年1〜3月期では、資本金1億円未満の企業が32.6%であるのに対し、資本金10億円以上の企業は42.2%)。つまり、現在金融機関からの借り入れに依存しているのは、中小企業が中心なのだ。

 ところが、中小企業は円安の利益を受けていない(13年1〜3月期の営業利益の対前年同期比は、資本金10億円以上の企業が23.2%増であるのに対して、資本金1億円未満の企業は13.9%の減)。だから、中小企業の投資は伸びないだろう。こうした事情を考えても、今後金融機関からの貸出が増える可能性は低いと考えられる。