裁判員裁判の死刑破棄 判例か市民感覚か

20130621-00000089-san-000-11-view尊重すべきは過去の判例か、裁判員の市民感覚か。裁判員が加わった死刑判断をプロの裁判官が初めて覆した20日の東京高裁判決は、「究極の刑罰」を科す場合には先例との公平性を保つべきだ、との姿勢を鮮明にした。苦悩の末に導いた結論を「誤り」とされた裁判員に戸惑いが広がる一方、専門家からは「裁判員が審理を尽くすための説明や情報提供が不十分」との声も上がる。

「納得いかない」

「混乱している。ほっとしている半面、納得いかないところも…」。1審で補充裁判員を務めた都内の50代主婦は2審判決を受け、複雑な心境を吐露した。

 無期懲役に減刑されたことを知った瞬間は「救われた」と感じたという。「冷静に評議して出した結論だったが、死刑が確定し執行されたらどう気持ちを整理したらいいのか、不安だった」と明かした。

 それでも、新たな証拠が示されないまま判断が変更されたことには「納得いかない」というのが正直な気持ちだ。「服役を終え、すぐに殺人を繰り返した。その分の罪を背負わなければ社会的に許されないのではないか」と首をひねる。

前科と「類似性なし」

裁判員制度の施行後、量刑不当を理由に1審を破棄するケースは施行前の5・3%から0・6%に激減。控訴審は裁判員の判断を尊重する流れにある。そうした中で高裁が1審破棄を選択したのは、「『究極の峻厳(しゅんげん)な刑』の適用には(量刑選択の)『幅』が許容されない」として、過去の判例との厳格な比較を求めたためだ。

 判例では、殺された被害者が2人以上の事件で死刑が言い渡されるケースが多い。村瀬裁判長は「被害者は1人だが、前科を重視して死刑」とされた同種の強盗殺人事件を慎重に検討。その結果「無期・長期懲役の前科と似た犯行を繰り返した」場合に死刑が選択される傾向にあると分析した。

 その上で、伊能被告の前科は夫婦げんかの末の殺人・無理心中で「類似性はない」と判断。「裁判員らが議論を尽くした結果だが、破棄は免れない」とした。

 最高裁司法研修所も昨年7月、裁判員裁判の死刑判断にあたり「先例を尊重すべきだ」と提言。高裁はこの枠組みに沿って判断した形だ。

 こうした判断基準とは別に、裁判員裁判で「死刑か無罪か」を争う事件の審理不足を指摘する声もある。

 あるベテラン裁判官は「弁護側が無罪を主張する場合、判例検討など刑を軽くすべき事情については立証をおろそかにするケースもある」と指摘。「究極の選択を裁判員に迫る以上、裁判所や弁護士は十分な判断材料を提供できているか、改めて自問すべきだ」と話す。