いまなぜ解雇規制の緩和なのか その背景&論点を整理する

ダイヤモンド・オンラインでは今回から、装いも新たにシリーズ連載「日本のアジェンダ」をスタートする。このシリーズでは、いまの日本の経済、政治、社会が直面している旬のテーマを取り上げ、各分野の専門家に賛成・反対の立場から記事や論考を寄せていただき、議論を深めていく。各テーマの初回は読者が議論を理解しやすいように、編集部が論点を整理する。テーマ1は「解雇規制の緩和」の問題だ。

なぜ解雇規制の緩和なのか

現在、日本の労働市場では多くの人が、正社員として働くか、非正規社員として働くかの二者択一を迫られている。そうしたなか安倍政権は、日本の成長戦略と新しい雇用のあり方を考える上で、「成熟産業から成長産業への“失業なき労働移動”」と「(勤務地、時間、職種などを限定した)多様な正社員モデルの確立」を打ち出した。その目標自体には賛同する人も多いが、それを実現する方法論をめぐっては、様々な議論が巻き起こっている。その代表が、「解雇規制の緩和」だろう。

 6月14日に閣議決定される中で作成される成長戦略には、盛り込まれない方針となったものの、大企業を中心とした経営者の多くには解雇規制緩和指向が今も根底に残る。なぜいま雇用制度改革が争点となっているのか。また、解雇規制の緩和を行えば、日本経済は再び成長し、私たち労働者が働きやすい国になるのだろうか。

「解雇規制」が注目される背景

現在、正社員と非正規社員は、それぞれ3281万人と1870万人(総務省統計局『労働力調査』2013年1〜3月期平均)。労働者に占める非正規社員の割合は36.3%で、3人に1人以上が非正規社員として働いていることになる。その正社員と非正規社員の平均賃金(年収)を比べると、正社員が317万円に対し、それ以外では196.4万円と、大きな格差がある(厚生労働省「平成24年賃金構造基本統計調査」)。

 「正社員」とは仕事内容を限定しない、期間の定めのない雇用契約で働いている社員、「非正規社員」は仕事内容を限定した契約社員や、パートタイマー・アルバイト・派遣社員などのように期間を定めた雇用契約で働いている社員を指す。言い換えれば、安定的な雇用と相対的な高賃金を代償に、転勤・残業もいとわない無限定な労働を強いられるのが正社員で、正社員ほど無限定な労働は強いられないものの、雇用は不安定で賃金は低いというのが非正規社員と言えるだろう。

非正規社員は一般的には正社員よりも短い時間で働くことが多い一方で、待遇面で正社員と大きな格差がある。例えば、給与が少ない(退職金、ボーナスがない)、雇用が不安定、キャリアアップがしづらい、といった点だ。

 バブル崩壊直後の1992年の非正規社員数は、958万人で現在の半分程度。一方の正社員は3705万人と、今より500万人も多かった。あれから20年。なぜ正社員がこれほど減少し、非正規社員が倍増したのか。それは、バブル崩壊後の低経済成長期において、企業が不況期を見据えて、解雇がしやすい非正規社員を雇用の“調整弁”として活用した点が大きい。正社員は解雇規制が厳しく、雇用調整が難しかったからだ。

 もともと非正規雇用は、主婦や学生などを主な担い手とするパートやアルバイトのように、世帯を支える正社員の働き手(一般的には成年男子)がいて、補助として収入を得る働き方の1つとして認知されてきた働き方だ。しかし、今では「正社員として働けない、就職できないから非正規をやむなく選ぶ」という若者が激増し、深刻な“若者の就職難”は社会問題化している。

 しかも一度、非正規社員になれば、再び正社員として働くことは難しい。したがって、出産や子育てによって時間的に制約される女性が、「正社員」をあきらめるか、出産をあきらめざるを得ないケースは非常に多い。こうした現象が起きるのは、日本の労働市場には大きく、正社員と非正規社員という2つの働き方しか用意されていないためだろう。

 では、低成長時代において、多くの人の雇用を確保しつつ、各々が自分のライフスタイルにあった働き方のできる社会にするには、どうすればよいのか。そこで安倍政権が雇用改革として打ち出したのが、「成熟産業から成長産業への“失業なき労働移動”」と「“多様な正社員”モデルの確立」である。

論点1.「金銭で解雇」を可能にしてよいか

では、安倍政権の掲げる「成熟産業から成長産業への“失業なき労働移動”」を実現するには、何から始めればよいか。そこで出てくるのが、「労働市場の流動化」。要は、解雇規制が厳しいため、成熟・衰産業から成長産業への労働移動が進まないという問題意識だ。その際、論点の1つ目となるのが、「金銭によって解雇を可能にする仕組みをルール化するかどうか」だ。

 経済同友会の長谷川閑史代表幹事が3月15日の政府の産業競争力会議において、解雇を原則自由にするよう労働契約法の改正、再就職支援金の創設を提案した。その背景にあるのが、現行の解雇ルールがあいまい、かつ経営側には厳しいという問題意識である。

 現在、日本には正社員の解雇を規制する「解雇規制」がある。労働契約法第16条では「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められている。また、判例によって「合理的かつ論理的な理由が存在しなければ解雇できない」という解雇権濫用の法理が確立され、「整理解雇の4要件」(?人員整理の必要性、?解雇回避努力義務の履行、?対象者の人選の合理性、?手続きの妥当性)から、その妥当性が判断されることになっている。

 この要件を証明する手続きは非常に煩雑で、時間がかかるだけでなく、この法律の下では、「合理的な理由かどうか」が司法判断に委ねられ、裁判となった場合には最終的に金銭解決ができない(裁判で解雇無効になると現職復帰しか方法がない)。それでは、企業の側は結果を予測することが非常に難しいため、最終的に裁判で解雇無効の判決が出た場合に、金銭解雇できることをルールとして明確にすべきであるというのが、産業競争力会議での意見だ。

 解雇規制の緩和を主張する識者などからは、正社員が解雇しやすくなれば、終身雇用・年功序列といった日本型雇用慣行が崩壊し、これまであおりを受けてきた若者、女性、非正規社員の雇用が改善するという賛成意見が挙がっている。

 その一方で、解雇規制の緩和に反対する識者からは、失業者が増えるだけで雇用が不安定化する、雇用が短期化するという懸念も噴出している。

論点2.「多様な正社員」制度をつくる

こうした解雇規制の緩和を主張する側、反対派ともに、日本人の働き方を見直すうえで「多様な正社員」の重要性を訴えている。これは、具体的には「ジョブ型社員」あるいは「限定社員」といわれるもので、正社員と同様に、無期労働契約を結びながら職種、勤務地、労働時間等が限定的な働き方である。

 一度、非正規社員になってしまったら、なかなか正社員になれない、戻れない。そんな現状から、非正規社員の働き方に希望を見いだせない若者や、出産・子育て等で追い詰められる女性社員は少なくない。そこで、今、政府内でも検討が進められているのが現状の正社員でも非正規社員でもない中間的な雇用形態の「ジョブ型社員」、「限定社員」だ。

 もし実現すれば、非正規社員にとっては正社員転換の機会に、正社員にとってはワーク・ライフ・バランス実現の方策となり、1人1人が満足する働き方を選択できる可能性が高まる。また、企業側は、地域や職種、労働時間を限定して採用した場合、その仕事がなくなれば解雇できるという契約も結べるため、解雇しづらいリスクを恐れずに人を雇うことができるようになる。

 一方、「ジョブ型社員」、「限定社員」には批判も広がっている。なぜなら、職種や勤務地、労働時間を限定するので、この条件が満たされなくなれば解雇ができる、つまり「解雇しやすい正社員」をつくることにならないかということだ。

「解雇規制緩和」は必要か、否か

成熟産業から成長産業へ労働力を移動させ、個々人が自分のライフスタイルに合った働き方ができるように雇用制度を改革する。この目的に異論を唱える人は、ほとんどいないだろう。問題は、その実現に当たって、解雇規制の緩和に効果があるかどうかだ。

 だが、政府は参院選を意識してか、最も大きなこの問題を正面から取り上げず、金銭による解雇、限定社員という個別論から入ろうとしている。大きな方向性の議論を避けて、個別論を行えば、議論は錯綜してしまう恐れがある。

 雇用制度改革に向けて最も大きなカギとなるのは、「解雇規制の緩和」を進めるかどうかである。そこで、本アジェンダでは、解雇規制を(1)緩和すべき、(2)緩和すべきでない、との立場をご登場願う専門家に明らかにしていただいたうえで、次回以降、雇用制度改革議論を展開していく。